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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「もう一つの奥の細道」⑲黒塚

 芭蕉翁が切り取った「奥の細道」のフレームがある。子規は、そのフレームをもとに、汽車を使って子規なりのフレームを重ねとっている。
 その福島から桑折までのフレームについて確認してみたところだが、この前のフレームが、本宮から二本松までになる。

 芭蕉の「奥の細道」では、浅香から黒塚、そして福島宿は、点の描写でとばしている。この描写を忠実に追うということであれば、郡山から二本松までとばせるはずだが、子規は本宮駅から歩き始め、ここを2日かけて歩いている。
 22日に本宮駅に降りた子規は、遠藤菓翁を訪問して一泊する。そして、23日に黒塚を訪ね、阿武隈川河畔の茶屋で休み、満福寺を訪れている。
 このフレームでは、芭蕉翁が訪ねた処という視点と、人との交流という2つの視点があるように感じている。
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 芭蕉が訪れた黒塚ということでは、先に「芭蕉の足跡:黒塚を訪ねる」として整理している。子規もここを訪ねたということでしかないが、この整理時には子規を意識していなかった。


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 子規もまた、黒塚を訪れた後、鬼の住家と聞いて観世寺を訪れている。
 我々と同じように、若干の賽銭を投じて境内を案内されて、縁起の説明などを受けているようだ。
 「奥の細道」では、ここは「黒塚の岩屋一見し」と表現されるだけだが、子規は「安達ケ原 鬼婆」の伝説まで描写している。
 各石に丁寧な案内板が建ち、よく分かるのだが、昔のようにその雰囲気を感じたり、味わったりはできにくくなっている。


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 子規は、その場の雰囲気を味わいながら次の三句を記す。

木下闇あゝら涼しやおそろしや
黒塚や傘にむらがる夏の蜂
涼しさや聞けば昔は鬼の家


 その中の「涼しさや聞けば昔は鬼の家」が、子規の句碑として建立される。


 子規が訪れたことを視点に、整理しなおしてみた。 
by shingen1948 | 2010-11-30 05:35 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)