地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「もう一つの奥の細道」⑬~「信夫(忍)の里」④

 子規の来福した明治26年夏には、2本の信夫山に向かう道が整備されていたはずだ。その1本は、信夫山公園へ通じる道で、もう一本が福島監獄署へ向かう道だ。
 どちらも、地元では自慢の地点だったはずだ。
 信夫山公園は、県内初の都市公園であり、福島監獄署は、仙台に先駆けて完成した西洋式建物であり、地域の近代的な水道施設に貢献した設備の整った施設でもある。博覧会資料にも紹介される自慢の施設だ。
 県庁からその象徴的な施設に向かう道路が整備されたということだ。その周りの施設を確認すると、かなり後の建物のようだ。
 子規が、福島の町から畦道伝いに信夫山に向かうように描く田園風景のイメージが納得できる。

 山裾にたどり着いた子規は、満月に近い月明かりで見えたこの監獄署と公園が相並ぶ景色を、地獄と極楽の掛け軸を並べて懸けたようだと描写する。
a0087378_9322999.jpg 
 信夫山を訪れた子規を、芭蕉翁を追う子規という視点でとらえれば、「文知摺観音」の信夫を深めるということである。しかし、子規には、その芭蕉翁を近代的な象徴である鉄道を使って追うという姿勢もある。
 その視点で見れば、子規の好奇心は、当時都市公園としては珍しい信夫山公園に向かうということではなかったかと勝手に想像する。
 山際までたどり着いて見上げると、左手に地獄、右手に極楽にたとえられる近代化の象徴を捉えたのではないかと思っている。
 地獄の福島監獄署は、「明治の洋風建設~福島県西洋造の記録と研究(草野和夫著)」に東北博覧会に掲示されたる写真が載っている。
 特に目を引くのが既決監棟だ。
 中心に八角形の三階建て監視塔があって、そこから監房棟が4棟、四方に放射状に配置されるという「西洋造り十字型真棟3階建」の建物だ。これが、北奥の高台に建っていたようだ。
 その西側手前に二階建て十字型の未決監棟の建物が配されている。その東側に、平屋建ての西洋造の女監、既決監の両棟が配される。更にその手前に、7棟の工業場や教講堂、人民控所平面所をはじめとする尋常造り(和風)が配置されている。
by shingen1948 | 2010-11-22 09:34 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)