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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「もう一つの奥の細道」

 子規は、芭蕉翁を忠実に追おうとするが、飯坂では体調がすぐれずに医王寺を断念する。そして、人力車で桑折に向かい、桑折から汽車で次の目的地に向かう。
 福島側から子規を追うのは、ここまでだ。その最後の詰めを丁寧に追おうとすると、子規は、「もう一つの奥の細道」を準備して待っていてくれている。
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 先に整理したように、「奥の細道」の芭蕉は、西根堰沿いの道を進んだはずである。しかし、子規の時代には、新たに桑折街道ができていた。子規を乗せた人力車は、こちらの道を進んだはずだ。
 今では、この旧道も改良されて、この旧道の道筋も見えにくい。


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 子規は、途中で茶屋に立ち寄る。最近、その立ち寄ったとされる茶屋付近の案内が整備されたようだ。

 「はて知らずの記」には、子規とこの店のお嫁さんとのたわいもないやり取りが記される。
 
 (子規が、)「病ではない。」というと、側にいた御嫁さんがほほ笑んで、
「都の人は色白だから、我々は、土地の百姓しか見慣れていないので、わずらっているのかなと見えても、そうではないんですね。」などととりなしてくれる。

 人くずの身は死にもせで夏寒し
 
 この子規が詠んだ句碑が建つ。

 「人くず」の「くず」のかけ合わせと「死にもせで」とかかわらせながら、次に訪れる「実方の墓」につなげているような気がする。
by shingen1948 | 2010-11-08 05:02 | ◎ 芭蕉の足跡 | Comments(0)