地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂温泉:「滝の湯温泉」②

 先の写真が、老舗旅館「枡屋」だと分かったとしても、その情報は「温泉史」に、紹介される範囲でしかない。
 滝野温泉の傍摺上の西岸に枕す、花水館、角屋旅館と相比し、飯坂三大旅館の一なり、客室宏壮東公園の桜季、愛宕の秋月は座がらにして賞翫すべく頗る風致に富む、勤勉厚遇を以て聞こゆ
 
 なお、この滝湯の飯坂三大旅館は内湯らしい。他に内湯は、この街道奥の赤川新道花岡町に「寿富貴温泉」があったようだ。元々は割烹で、鳥料理を中心として、そこに専属内湯を付けたということのようだ。
 そういった情報を元に、散歩を通して現在の風景の中に、原風景のイメージを探る。
 ねらいは、子規が十綱橋まで散歩した風景をイメージしたいということだが、確認していく過程で思わぬ情報と結びついて、イメージが広がることがある。

 2003年頃の飯坂温泉にかかわる掲示板を眼にした。
 明治時代の飯坂温泉「枡屋」を知らないかというものだが、その解答は「最近まで、ますやという旅館は営業していました。現在は閉館しています」というものだ。
 これが、北海道十勝地方を開拓した晩成社で有名な依田勉三が明治41年4月9日に宿泊した「滝ノ湯・升屋」を探しているというものだ。
 滝の湯であることから、絵葉書の「枡屋」と探していた「升屋」、それに、この「ますや」は一致しているのではないかということでけりがついたようだ。
 散歩を楽しむものとしては、そこからわきに逸れて「晩成社で有名な依田勉三」も確認してみる楽しさがあるなと思えてくる。
 風景を具体的にイメージしたり、名前が特定されたりするという効用は、親近感がわくというに留まらない。新たな興味ある情報に出会える可能性が出てくるという事でもある。

 なお、明治時代には、鯖湖湯のある湯沢にも「マスヤ」があったようだ。7年も前の掲示板なので、今でどうでもいい情報だろうとは思う。
 「温泉史」によると、こちらは正式名称が「桝谷旅館」で、鯖湖温泉の左側にあったようだ。三階層の旅館とある。他は中村屋旅館に同じとあるから、温泉は共同浴場「鯖湖湯」を使用するということのようだ。
by shingen1948 | 2010-11-05 05:32 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)