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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂温泉共同浴場「切湯」

 絵はがきなどを見ていると、「橋本温泉」の元湯のイメージは、摺上川沿いの「綿屋」の北端ということかもしれないとも思える。

 基本となる元湯があって、それを共同の湯源として旅館が発展するというイメージで、湯野側の温泉街を見てみると、もう一つの起点が「切り湯」のような気がする。
 飯坂温泉の紹介によると、この湯は寛永元年(1624)に発見され、切傷に効果あるというのをみる。
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 ここを下っていくと現在の共同浴場「切湯」だが、ここは向かいの波来湯の方から引いていて、川を渡るのに冷めるから少しぬるいんだというような話を聞いたことがあることを思い出している。20年ほど前の話で、その話が確かな事なのかは定かではない。
 

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 古い地図で確かめると、「キリユ」とというのがあって、これが、共同浴場「切り湯」を表しているのは直ぐに想像できる。先の写真に写る建物は、この地図に表記される建物の位置関係からは、「井サノヤ」とかかわりそうだがどうだろうか。

 それはともかく、この地図にもう一つ漢字で「切湯」と表示しているのがある。
 西根堰の鼻毛の隧道から、当時の新道に出てくるあたりだ。
 この「切湯」の表示をどう見るかということだか、これが「切湯温泉」を表しているのではないかと思うのだが、どうだろうか。
 ただ、今のところ、それを説明する資料にはまだ出会えないでいる。


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 現在、西根堰の遊歩道の整備のために工事中のところだが、四角いコンクリートの所には、共同浴場の「狐湯」の案内標柱が建っていた。これが地図にある「キツネユ」だろうと思う。
 昔、西根堰を探索して、鼻毛の隧道を過ぎると、旅館の脇を通ってこの出口にたどり着くというイメージだったが、これが地図上の「清龍館」だったのだろうと、今になって思う。そこが取り払われて、堰沿いの道を広げて遊歩道にしようとしているというこのようだ。
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 「切湯温泉」だが、「切湯」と「狐湯」という二つの共同浴場があったということだろうか。
 現在の風景と照らし合わせると、「ヤスダヤ」、「信夫ヤ」「シミズヤ」「カメヤ」「松島ヤ」は不明だが、「シンマツバヤ」とかかわりそうなのが、「新松葉屋」だろうか。隣に「松葉ヤ」があって、これが本家筋かなと想像する。

 
by shingen1948 | 2010-10-29 05:59 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)