地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂温泉共同浴場「仙気の湯」②

 明治期の飯坂温泉をイメージしたくて確認しているところだが、この仙気の湯の歴史も古いらしい。飯坂温泉の紹介で、この湯は元和4年(1618)に発見され、昭和42年に湯野橋本より現在地に移転されるとあるのを見る。
 「ゆの村(秋山政一)」で、大正の初めに堀井繁太郎氏がスケッチした絵に「橋本温泉」とあるのが、元の「せんきのゆ」との解説を見る。

 湯野側の今の温泉通りができたのは明治19年(1886)だが、その湯野側の温泉街の起点となる温泉の一つが、この「せんきのゆ」だったということらしい。
 ここから東側が高台になっているが、ここを「湯の上」とよぶのは、この「せんきのゆ」の上という事とのことだ。
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 古い地図で確かめると、確かに「綿ヤ」と「佐藤ヤ」の間に「センキノユ」がある。これが「橋本温泉」のようだ。

 近くに現在改築中の共同浴場「導専の湯」があるが、この湯はこの地図にはない。導専にプロットされるのは、役場だけだ。話はそれるが、この位置関係で道路元標が設置されている場所に納得する。
 先の案内で確認すると、この「導専の湯」は、昭和37年(1962)に「八幡湯」「大門湯」と共に開湯したとある。比較的新しい共同浴場のようだ。


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 これは、近くにあった塔だが、これが現在の源泉だろうか。この原点が「仙気の湯」であり、「橋本温泉」ということのように思える。
 「仙気の湯」「導専の湯」そして、この地図では昔「湯野屋」で、少し古くは「婦人会館」だったところの足湯、そして、その近くの温泉へ配湯されているものと想像する。
by shingen1948 | 2010-10-26 05:09 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)