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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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ふくしまの建築42~花水館⑤「滝の湯温泉」③

 貴賓室「御殿の間」は明治30年築なので、「賑わっていた時代の『滝の湯温泉』」の写真に写り込んでもよさそうに思うが、その姿はみせない。多分、川と平行に建っている旅館の建物の陰になっているのだろうと思う。

 この「滝の湯温泉」で、気になることがもう一つある。それは、この湯が芭蕉とかかわったというふうに説明されることがあるからだ。
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 散歩をする時の基本的な考えは、まずは疑わないで、受け入れて歩いてみるということだ。それで、先に「飯坂古道寄り道:奥の細道探索~飯坂温泉」として、この滝の湯を整理した時には、芭蕉とかかわるように整理している。

 しかし、今回整理してみて、この滝の湯が賑わいを見せるのは明治20年あたりからなのではないかなと思えてきている。確か「奥の細道自然道」でも、この湯は、江戸時代には地元のための露天風呂らしいとしていて、湯治客の賑わいは鯖湖湯が中心だったのではないかとみているようだった。感覚的なもので、確実な根拠はないが見方を修正する。

 これとかかわるのは、案内板の説明にある「滝の湯は古くからの温泉で、江戸時代に鯖湖湯・当座湯・波来湯とともに実在が確認されています。」という部分だ。これを、地元の方の日常に使う湯として存在していたところを、明治期に湯治客用に整備したと解釈してはどうかということだ。
 芭蕉の碑もここに残るようだが、それは、明治期は鯖湖湯や透達湯よりもこの滝の湯を中心に賑わいを見せていたという象徴なのだと思う。

 なお、「おくのほそ道を歩く(田口恵子著)」と自分の散策と比べて整理した「飯坂近辺の奥の細道:自分の散策と比べて」の芭蕉の歩んだ道筋は、そのままにする。氏が歩んだ道筋は、「奥の細道自然道」に基づく権威ある道筋だが、別の道筋も捨てがたいところがある。
 その氏は、この滝の湯が芭蕉とかかわるとみているようだが、それは自由だ。

 「福島の建築」として整理しているが、このカテゴリーは「芭蕉の足跡」と重なってしまっている。
by shingen1948 | 2010-10-17 05:31 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)