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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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ふくしまの建築42~花水館②「不易と流行」

 消える花水館の建物は、昭和以降の新しい部分だ。
 しかし、この旅館の創業の時代に近い建物は、まだ残る。それが、先に福島の建築30で整理した「旅館中村屋」だ。趣のある旅館として評判だが、この建物を花水館とかかわって整理し直す。
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 旅館中村屋のパンフレットによると、花水館の前身である花菱屋から建物を買受けて営業したとある。その後旧館(江戸館)に新館(明治館)を増築して100年が過ぎた建物とのことだ。これが、現旅館である中村屋の立場だが、それを花水館の歴史とみれば、花水館が元禄元年(1688)に「花菱屋」として旅館を創業した時に近い建物という事になると思う。
 その花菱屋(現在の花水館の前身)の建物である赤瓦、白壁土藏造り3館建ての建物は、明治13年と明治21年の飯坂大火をくぐりぬけて残ったということだ。これが、平成10年に国登録有形文化財指定になっている。
 この建物は、「赤瓦、白壁土藏造り3館だての珍しい建物を見に近郷近住から、見物人がやって来たということが語りつがれています。」と現中村屋のパンフレットで説明される。
 2階の壁の紋所の説明も、花水館の立場で読みかえると、「花菱屋の建物としての『花菱』の紋所が、中村屋の紋所とともに残っている」ということになる。
 花水館は、飯坂温泉の老舗旅館というにふさわしい「経年」と「格式」ある建物を有していたということのようだ。
 明治30年築の貴賓室「御殿の間」も国の登録有形文化財ということなので、この旅館とかかわった二つの建物が国の登録有形文化財の建物になっている。その二つの「格式」ある建物が残り、新しい時代に対応した建物は取り壊されるということだ。
 なお、中村屋が土湯からここに移るのが明治22年という情報もある。屋号を「花水館」に改めたのが明治20年という情報も重ねる。
 花水館は、明治20年に土湯から移転する計画のあった中村屋に旧建物を売却する見通しで、現在地に移転する。再出発するという意味で「花水館」と屋号を変えた。その次の年に飯坂大火が起きるが、幸い売却予定の建物が残って、鯖湖湯再建も順調に進んだこともあって計画通りに事が進み、滝の湯が発展する。
 経緯としては、こんなところだろうか。
by shingen1948 | 2010-10-14 05:24 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)