地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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平成22年 桑折西山城本丸跡 発掘調査 現地説明会⑦

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 虎口があった本丸西側の平場のその西側は、二の丸になっている。その二の丸との間は、土塁と堀とで区切られている。(※ 方向音痴の自分の感覚では、今のところどうしても南側でしかない)
 その仕切られた土塁が、平場の北側の奥に残っている。そこに「土塁」と「堀」の表示があるのを初めて見た。最近表示したのだろう。


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 奥には土塁があって手前にはないのは、自然であるような気もするし、今回の説明会に参加すると、城の廃棄とかかわるものなのだろうかとも気になってくる。


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 その堀を挟んだ向かいの平場に「二の丸」の表示もされた。草茫々だが、本丸を訪ねれば、位置関係がイメージしやすいように工夫されたのだろう。なお、この虎口は北西側で、この二の丸については、先に整理しているはず。


 今年は、出土品について提示されなかったが、瀬戸物とのことだった。出土の状況は、廃棄のための石積み辺りということだった。
 この辺りの出土品については、先に「『桑折西山城現地説明会』にて②~出土品」として整理している。そのことを元にして想像を膨らませる。
 今回の出土品とかかわりそうなのは、この中の「瀬戸産の皿・かわらけ・瀬戸産祖母懐茶葉壺・擂鉢(すりばち)などの箱の写真」。瀬戸産と銘打っているのは、上薬がかかっているもので、当時は、上流階級の方が使用したものと思われるということだ。
 今回の出土品は、その中の瀬戸産の皿に類ずるものかなと想像する。
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 なお、この中の瀬戸産祖母懐茶葉壺については、より詳しい専門家の意見を頂いているようで、パンフレットでは、出土した片を丁寧に張り合わせたものが示されている。
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 そこでは、その出土の様子とともに、「『越前焼の甕』中舘から出土しました。伊達氏の居城で使われたとみられます。」と解説される。
 ここでの出土品の状況は、桃畑にするために片づけられたところからみつかることが多いようだ。
by shingen1948 | 2010-09-16 05:54 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)