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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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平成22年 桑折西山城本丸跡 発掘調査 現地説明会⑥

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 本丸の一段高い平場から、西に一段下がった平場がある。その西側の二の丸とは、土塁と堀とで区切られている。この平場に入る南側に虎口がみつかったとのことだ。


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 これは、その平場を西側から見ている。奥の白い土嚢が見えるところから一段高くなって本丸平場に続く。この平場南側に、西の虎口が見つかったという事だ。


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 ここに見つかった積み石は、城の破棄とかかわるのではとのことだ。

 この西の虎口は表門にあたる処だ。
 向こうの石積みの配置は、整然としている。
 その手前に見える積み石が、城の廃棄とかかわるのではないかとのことだ。ここから、現在の愛知県瀬戸市で作られたとみられる陶器も出土したとのこと。


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 これは、前の写真の反対側から見ている。
 同じように、奥に整然とした石積みが見えている。この整然とした積み石の間の幅に虎口の通路があるという事のようだ。逆に見れば、通路の両脇に、石積みがあったということ。


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 城を破棄した時に、そこの虎口を塞ぐように石を積んだようだという事のようだ。その積み石の様子が見えるように、別角度からもう一枚。


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 これは、この位置と大手門の関係が見えるように撮ってみたもの。奥に通路が見える辺りが、大手門なので、ここが表門とかかわる虎口らしい事が分かる。


 大手道を進んできた道は、大手門からこの坂を登って本丸へ入ったというイメージだろうか。そして、この城が廃棄される時に、この虎口を石積みで封鎖したということらしい。
by shingen1948 | 2010-09-15 05:36 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)