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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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平成22年 桑折西山城本丸跡 発掘調査 現地説明会④

 今年の発掘調査現地説明会の目玉は、中心建物跡と思われる掘立柱跡が見つかったことと、西側の虎口が見つかったという事だろうか。
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 その中心的な建物と思われる3棟の掘立柱跡が見つかったのは、西山城本丸の平場調査で、調査区配置図にある第Ⅵb調査区の位置だ。説明会資料に、その掘立柱跡の様子が示されている。
 一号建物跡の下方にある□が、三角点があって掘り残した部分、一号建物跡の内部の□は、松の木があって、掘り残した部分のようだ。それを頭に置いて、実際の景色と見比べると、おおよその位置関係のイメージができる。
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 これは、その一号建物跡が掘りだせたという辺りを南側から見ている。(※ 方向音痴の自分の感覚では、どうしても東側に思えてしまうが、)
 その1号建物跡を示しているのが、赤いテープだ。外周ははっきりしているが、間仕切りの柱は貧弱らしい。
 当座は、ここも埋め戻されるだろうから、三角点と松の木の位置と建物の位置関係を頭におこうとの思いもあってこの位置から撮っている。
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 2.3号建物跡は、その1号建物の北側に延びている(※自分の感覚では西側に)。緑と青で表示してある。この建物跡は、庇(ひさし)や縁(えん)を持った構造が読み取れる跡だったようだ。柱の間隔が7尺に統一されている格調高い建物の可能性が高いということらしい。
 この建物跡は、この発掘された位置より、左側に延びているはずで、全体を掘り上げてはいないようだ。
a0087378_5425989.jpg
 参加者としては、どんな建物かなぁと思うのだが、ここでイメージされる建物はこんな感じだと説明の中での想像図を示してくれた。(こんな感じの建物、梁川でも見たなあみたいなという見学者からの声)
 当然、これ等の建物は伊達氏居城時の主殿(後に言う御殿)に当たる建物と考えられているようだ。
 なお、建物は、少なくとも1回は建てなおされているとのことだ。
 課題として、1号建物の内部が、礎石に建てられたものかとか、2.3号建物を全て調査して、その構造全体を捉えたいとしていた。
by shingen1948 | 2010-09-13 05:48 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)