地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28

安江繁家31

 一応史跡としての観点で確認させていただく。
a0087378_516777.jpg
 これが「捐舘楽翁心安居士神儀」の隣の墓碑の表面だ。
 masa氏情報で、「損舘□室妙□□□」ということだ。
 ちょっとデジタルカメラの操作で陰影をいじってみた。この画面で、「昌室」が読めるような気がするが、どうだろうか。また、「大姉」の「大」も読めるような気がするのは、可能性のある法名を元にしているからだろうか。
 確実に読める範囲を「捐舘昌室妙○大○」だとしてもよさそうに思うが、どうだろうか。




a0087378_5195556.jpg
 これが、石が割れて補修されている石碑の表面だ。
 右側に「寛文○秊(ねん)」、中央に「舘固あるいは舘因」その下に「○常○○居○」、左側に「三月拾○」が見えるような気がするが、どうだろうか。
 masa氏から、この墓碑は平成13年7月に法名をもとに復元されたという情報を頂いている。

 この碑文の形式をもとにして、先にみた「捐舘楽翁心安居士神儀」の墓石を見直すと、右側が読める気がする。
 「寛永拾七秊」のような感じだが、気のせいだろうか。

 最初に「安江繁家」として整理したのは、この場だ。
 この場をmasa氏がいう「殿様の墓所」は、この3つの墓碑で祈りの場が構成されている。
 散歩人の立場では、これを史跡としての観点で読み取っている。散策の範囲では、この地域の歴史として自然に溶け込める解釈が可能なようだと思っているが、どうだろうか。
by shingen1948 | 2010-08-23 05:35 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(0)