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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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安江繁家⑳

 公になっている事なので、散歩人が触れても大丈夫だろうという事で記す。
 それは、「安江家の家伝によると、安江繁家氏の法名は楽翁心居士で、安江正次の法名が固山常賢居士」ということになるということだ。
 ここに、masa氏から寄せられた情報を掲げる。
 昌室妙繁大姉 同妻
 楽翁心安居士 大井山城守根津賢物
 固山常堅居士 孫子
 裏に
 昌 寛永11年8月23日
 楽 寛永17年3月24日
 固 寛文2年3月10日

 照らし合わせると、大笹生の情報では、固山常賢居士と対比すべき法名が、固山常般居士となっているが、他はつじつまが合うのだ。
 ところが、ここからがややこしい。安江正次氏は、安江監物氏だ。安江家の情報では、大笹生の情報の根津賢物氏とされる方が、安江繁家氏ということになるのではないかということだ。
 安江家の情報で整理し直すとこうなる。
 安江繁家氏が大笹生の情報の根津賢物氏で、その子安江監物氏は、大笹生の地域情報では登場しないが、根津家から安江家に入られた方ということだ。また、信夫山の安江君碑を建てられた方ということにもなるということだ。

 なお、先に散歩人が得た情報とわずかに違うところがあるので、これも確認しておく。「大江山城主」と「大井山城守」、それに没年の日付が「3月14日」と「3月24日」ということだ。
 また、大笹生の地域情報に根津監物氏が登場している。安江監物氏とのかかわり、根津賢物氏とのかかわりが、気になるところだが、その解説は今のところ見当たらない。
 確認していくとそんな状況が見えてきて、ひょっとするとまだ地域で受け入れられていない情報なのかも知れないという不安になりながら……。
Commented by MASA at 2010-08-12 07:18 x
3人連名の位牌についての情報については、誤字脱字などが多くあまり活用しにくい資料によるものであったので、予め「間違いが多いのであくまでも参考」ということでお出ししましたが、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ありません。ちょっと補足させていただきます。
①福島の町と村ⅠP298では、「楽翁心安居士 大江山城守根津賢物 寛永17年3月14日」となっています。「大井」は「大江」の間違いでしょうね。一方、堀江繁太郎先生の投稿記事と「笹谷大笹生地区の文化財」P43では3月24日となっています。(注)「笹谷大笹生地区の文化財」では、慶長17年3月24日となっていますが、慶長は寛永の間違いと確認できます。
②固山常賢居士は安江家の記録、固山常般居士は安楽寺の過去帳末書です。固山常堅居士の「堅」は間違いでしょうね。
最終的には、位牌を見せていただき確認するのが、最善の方法ですね。
なお、「上杉家御年譜24」P73に「安江監物正家 二男 実信夫衆根津八左エ門三男」との記載がありました。
Commented by MASA at 2010-08-13 00:32 x
なお書きが説明不足でした。
再度、補足させていただきます。
「上杉家御年譜24」P73には、「安江監物正家 二男 実信夫衆根津八左エ門三男始喜兵衛正次寛永16年11月28日父繁家再隠居秩200石賜之福島郡代職如父命之勤仕万治元年中致仕寛文2年3月15日卒す」とあります。
これが根津から安江の養子となった根津監物の法名「固山常賢居士」の裏づけの一つになるのではないでしょうか。
ある資料の「固 寛文2年3月10日」は3月15日の間違いですね。
改めてお詫び申し上げます。

by shingen1948 | 2010-08-12 05:39 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(2)