地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

安江繁家⑱

 東禅寺の4世善応雲積をして中興したとされる安楽寺について、まずは「福島市寺院名鑑」での説明を確かめる。
 創建については、山階寺の僧がかかわったり、菩提寺であったり、義経自らが開基だったりすることや、その時は「菩提寺宿縁寺」だったとするということで、「信夫の里札所めぐり(梅宮茂著)信楽社」で整理したことと変わらない。
 今回、この寺の沿革とのかかわって知りたいのは、安江氏とかかわる時代であり、東禅寺4世中興とのかかわりがどう説明されるかという事だ。
 寺の沿革の中では、「慶長6年(1601)6月上杉景勝の家臣根津氏に至って、東禅寺4世善翁曇積和尚を勧請し「岩松山安楽寺」と改称した」と説明されている。そして、著名人墓所の項で、「上杉家臣根津監物之墓(開基家)」と説明される。
 手に入った資料で、ここをどう説明されるか確かめる。
 「信夫の里札所めぐり(梅宮茂著)信楽社」では、「慶長2年(1598) 上杉領の時代に、家臣根津八左衛門監物、大笹生金山奉行として舘し、東禅寺4世善応雲積をして中興、岩松山安楽寺と改称した」と紹介されている。
 「心の文化財~ふるさと福島を歩く(ふくしま盆地を歩く会)」では、「安楽寺創建は、慶長6年(1601)で、古くは宿縁寺とする。」とし、「根津氏については、上杉景勝家臣約200石の代官で、慶長6年(1601)安楽寺創建を主君に発願」としている。
 「大笹生100年史」では、「大笹生では上杉家臣の根津賢物なる者が根津舘に居舘を構えていて、慶長6年(1601)すなわち上杉氏の減封の年に安楽寺建立を発願したという。」そして、「現に内町の根津家には「楽翁心安居子(大江山城主根津賢物)」の位牌が祀られ、裏には寛永17年3月14日と没年が記されている」とする。

 散歩人用の資料説明を列挙したが、これを整理すると、おおよそこの地域でイメージする安楽寺と根津賢物氏の関係が確認できる。
 慶長2年(1598)あるいは慶長6年(1601)、少なくとも信達地域が上杉の時代だった時に、上杉家臣である根津八左衛門監物が発願し、東禅寺4世善応雲積をして中興し、岩松山安楽寺と改称したということらしい。
 中興とするのは、少なくともこの寺は、もっと山沿いの処でそれ以前にも歴史を刻んでいることは明らかであるからということらしい。
 確からしさとのかかわりでは、内町の根津家には「楽翁心安居子(大江山城主根津賢物)」の位牌が祀られ、裏には寛永17年3月14日と没年が記されているということらしい。
 これに自分の目で確かめた事を付け加えれば、根津監物氏の墓とされる戒名は、一部欠けているだけで、判読可能であるということだ。
Commented by MASA at 2010-08-09 09:43 x
ある資料によれば、位牌は3人の連名で、以下のように記載されています(ただ、この資料は、間違いが多いのであくまでも参考です。)。
昌室妙繁大姉 同妻
楽翁心安居士 大井山城守根津賢物
固山常堅居士 孫子
裏に
昌 寛永11年8月23日
楽 寛永17年3月24日
固 寛文2年3月10日
このうち、「楽翁心安居士 大井山城守根津賢物」のうち、「大井山城守」が安江繁家のことを調べていての疑問の一つであり、未だ結論を得ていません。また、「楽翁心安居士 根津賢物」が根津監物伝承の一つの要素となっているのではないかと考えています。
Commented by MASA at 2010-08-15 09:43 x
先日、殿様の墓所に行っって自分の目で確認しました。法名を知っていたので、これが「安」だなとかというように読めましたが、法名を知らなければ判読は難しいでしょう。
そんな中で、大笹生笹谷文化財保存会「-ふるさと再発見-地域の石造文化財」P49に「損舘楽翁心安居士神儀 寛永17年3月20日(墓碑伝根津監物)」との記載を確認しました。「損は捐」、「3月20日は3月24日」の間違いでしょうが、石の劣化により字が鮮明でない中で、よく確認したものだなと思っています。隣の室の墓碑は「損舘□室妙□□□」となっていました。
因みに、同書は平成元年8月から4年3月まであしかけ4年かけて信陵地区(大笹生、笹谷)にある1,360の石造文化財を調べた結果によるものです。よく調べたものですね。
Commented by shingen1948 at 2010-08-16 05:36
 情報ありがとうございます。私も文字が見えやすいように写真を撮っていたものを確認しようと思っていました。専門の方は、拓本をとって確かめるようですが、そんな技を持ち合わせていませんので、一字でも合う文字を見つけられるといいなと思っています。
 情報を頂いても確かめるというのは、その情報と自分で確かめたことが一致するという喜びを得るためです。
by shingen1948 | 2010-08-09 05:08 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(3)