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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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安江繁家⑮

 名古屋場所優勝の白鵬関に、天皇陛下のお祝いのお気持ちを伝える書簡が届いたというニュースをみた。
 名古屋場所で優勝したのに、野球賭博問題で賜杯授与がなく何かしっくりこなかった白鵬関の気持ちに配慮されたもののようだ。書簡では、連勝記録にも触れられているとのことだ。
 今回は14日目に大鵬を抜いて昭和以降3位の46連勝を達成し、千秋楽には15日制初の3場所連続全勝も果たしている。
 「これ以上のものはない」と感激する大相撲白鵬関の気持ちがよく分かる。
 石栗氏を確認していて、直江氏からの感状などを検索している時期だった。実感を伴う散歩をしたいと思っているのでいい機会だった。個人的に感状のありがたみを実感する機会などはない。

 さて、石栗氏が故郷の末寺として菩提寺を創建したのに対して、安江氏は地元の寺の末寺として創建するらしい。その寺が東禅寺だ。
 「福島市寺院名鑑」で確かめると、その「東禅寺の由緒と沿革」の中程に次のような記載がある。
 慶長年間、上杉家臣福島郡代奉行跡部外記信州より移って中興
 元和年中、4世善翁曇積和尚が安楽寺(大笹生)と常栄寺(大森)を創建
 5世和尚が、東泉寺(土船)と鳳台寺(大笹生)伝正寺(南沢又)を建立。
 正徳3年火災により金堂宇を消失。

 この寺にとっては、末寺を持つことの権威が誇りと思うが、視点を変えると、この時代に寺を創建する必要性のある方がたくさんいたという見方もできそうだ。
 他所から移り住んだ方が、この地に骨を埋めるように覚悟された方々の存在が想像できないだろうか。
 
 「慶長年間、上杉家臣福島郡代奉行跡部外記信州より移って中興」との行は、二つの観点から興味がある。それは、「信州より移って中興されている」ということと、「慶長年間、上杉家臣福島郡代奉行跡部外記が中興」ということだ。
 前半は、安江氏は、地元の寺の末寺として創建ということと結び付かなかという興味だ。後半の興味の一つは、跡部外記氏も福島郡代奉行だということだ。もうひとつが、「5世和尚が、東泉寺(土船)と鳳台寺(大笹生)伝正寺(南沢又)を建立」の情報と、この中の「鳳台寺(大笹生)」が、明治時代の宗教政策によって、再びこの寺と統合しているという経緯とかかわることなのかだ。簡単にいえば、この中興が東源寺そのものの経緯なのか、統合した鳳台寺の経緯なのかということだ。これは地元の方でないと分からない。
 
 なお、この寺の創建には、瀬上氏とかかわるとされているようだ。
Commented by MASA at 2010-08-06 23:15 x
信達には上杉家家臣が開基となっている寺院が多くありますが、私もこの地に骨を埋めるよう覚悟され、出身地から寺を移したか、信達で創建したかによると思います。芋川氏開基の常栄寺(大森)は、鳳台寺と同様に明治初期の宗教政策で廃合移転となっています。東禅寺の北に鳳台寺という字がありますが、信達一統志では笹谷の一部となっている下大笹生村にあるとされ、一方、他の資料では大笹生となっていて、実際の所在はどこだったのか?です。また、誰が開基かも分かりません。
すみません。東源寺は東禅寺でないか、ご確認をお願いします。
Commented by shingen1948 at 2010-08-07 05:37
 情報、ご指摘ありがとうございます。ご指摘いただい部分修正しました。
 鳳台寺は、字地で特定されると思っていました。曖昧なのですね。それにしても、政治的には大した問題ではないのでしょうが、明治のお偉方の宗教改革で本来の地域の姿が分からなくなる事が多いですね。
 
Commented by MASA at 2010-08-07 09:22 x
以前調べた資料を読み直しました。
①笹谷、大笹生地区の文化財などを記した「大笹生史」に、「大笹生地区に鳳台寺があった。鳳台寺の檀家は東禅寺に本家帰りした。字鳳台寺として字名となっている。」とされていました。
②福島県歴史資料館研究紀要第17号「福島県における明治初期の社寺整理と廃合移転社寺」P74等によれば、鳳台寺は「無檀無住」ということで廃寺となったとされています。
なお、福島県史第21巻文化2(P615)によれば、「常栄寺は住職が神職なったが檀家は一戸も神道とならなかったことから、全財産を売払い、還俗した。」とされており、明治の宗教政策の影響が伺われます。
Commented by shingen1948 at 2010-08-08 05:22
 情報ありがとうございます。
 「信達一統志」では、確かに「下大笹生村」になっていることを確かめたところでした。明治のある時期に檀家になられた方を確認して推定できるかもと思いましたが、無檀とのことでは、それは無意味ですね。
 とりあえず、字地の可能性が高いということですね。
 常栄寺の情報は、住職の価値観≒明治政府の価値観ということと、檀家の方々の価値観の相違が推測されて興味深いですね。
by shingen1948 | 2010-08-06 05:34 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(4)