地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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安江繁家

 先に安楽寺を訪ねたことを整理した。その中心は、根津八左衛門監物の墓を訪ねることだった。
 その時の手持ちの資料では、氏は、「慶長2年(1598) 上杉領の時代に、家臣根津八左衛門監物、大笹生金山奉行として舘し、東禅寺4世善応雲積をして中興、岩松山安楽寺と改称した」方として紹介されていた。
 「心の文化財~ふるさと福島を歩く(ふくしま盆地を歩く会)」では、安楽寺創建は、慶長6年(1601)で、古くは宿縁寺とすると紹介され、根津氏については、上杉景勝家臣約200石の代官で、慶長6年(1601)安楽寺創建を主君に発願して建立と紹介されていた。
 この記事に掲げた根津八左衛門監物の墓の写真について、MASA氏からその詳細についてのコメントを頂いた。このことをオープンにする承諾を得たので、明らかにさせていただく。
a0087378_4464240.jpg
 この写真の左から「安江繁家」氏、その奥方、右端が、「根津(安江)監物」氏の墓とのことで、根津(安江)監物は、根津家(根津八左衛門氏)から安江家の養子になった方との事だった。


 上杉家臣団を確認すると、次の家臣の系譜がみつかった。
 安江繁房中務
 繁房―繁家(五郎左衛門)―繁国(権三権兵衛)―繁治(善九郎権兵衛)―繁久(主馬小右衛門)

          根津八左衛門
            |  
 正家繁家―(嗣)喜兵衛正次監物―正春(勘左衛門五郎左衛門)

 ご教授いただいたことと関連しそうなのが、この正家繁家の流れだろうか。
 建っている標柱も含め、案内されるのはすべて根津氏なのに、ご教授いただいたのは、安江氏中心だ。
 実は、この視点が変わっただけで、見えてくるものがまるで違ってくるのだ。
 昨年の天地人の大河ドラマ放映時にこのアドバイス頂いていたら、もっと楽しい散歩ができたろうなと、今では思う。ちょと時期を逃したが、カテゴリーを、「信夫の里(天地人の時)」にする。
by shingen1948 | 2010-07-23 05:05 | ◎ 信夫の里(天地人の時) | Comments(0)