地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂古道―大笹生~平野⑤

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 曲屋を抜けた飯坂古道は、ここを鉤字に進んでいく。
 地図で確かめるとここの地名が、「夜ノ星」というロマンチックなものだ。そして、古道の北側が「池ノ北」という。
 地名が先か、伝説が先かは分からないが、この「夜ノ星」にある「池」についての伝説が掲げられているのは医王寺の案内板だ。


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 8年前には、確かにこの塀の向こうの白い掲示板に掲げられていた。
 この説明によると、南殿の桜の小枝を折って、この「夜ノ星」にある「池」にかざせば、昼でも池の水面に星がキラキラ光って見えたということだ。この南殿の桜というのは、案内板近くのこの太い桜だそうだ。


 言い伝えは、ある事を知っているという前提が崩れると消えてしまうという要素がある。
 ここの言い伝えでは、その一つが、「桜」に込められた古い風流の感覚だ。
 京都御所紫殿の前に「左近の桜 右近の橘」というのがあるそうだ。その八重咲きの左近桜が南殿の桜らしい。医王寺の桜は、その桜と同種だということらしい。

 次が、この「夜ノ星」の風景だ。
 現況は、ただの農地でしかない。しかし、昔は、ここに池があったということだ。
 地域の方の話によれば、昭和30年代頃までは、確かに、この夜ノ星には小さな池があったという。その池のほとりには、赤松の古木があったとも。背丈は低かったが、笠松のようになって池にかぶさっていたらしい。
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 更に、ここが街道筋であるということだ。
 これも、現況はフルーツライン、国道13号線、飯坂街道に囲まれた地域の路地道でしかない。しかし、昔は、ここがメインの街道筋の一つだったということだ。
 呼び方は、その時々によって会津街道だったり、西海道だったり、飯坂古道だったりというふうにかわったが、主要道であることに変わりはなかった。

 そうは言っても、どれも現況からは想像しがたい。もはや、地域の人の多くも、こんな伝説は想像しにくくなっているだろうなと思いながら……。
by shingen1948 | 2010-07-20 05:03 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)