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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂古道―大笹生~平野②

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 この辺りが、字名「曲屋」で、その由来は、この左手の御宅が「曲屋造り」の家だったこととかかわるらしい。屋号も曲がった鍵の中に「屋」で「曲屋」とのこと。
 地域の方々の話では、この「曲屋」が字名として認知されるようになるのは、大笹生のつけ木売りの人たちがかかわるのではないかと想像しているようだ。


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 この入り口付近が石垣になっている。この石垣は、重い荷物を背負って休むのに丁度良い高さらしい。一休みするのには絶好の場所だ。それで、つけ木売りの方々は、この曲屋の石垣を利用して、休んだり、待ち合わせをしたりしたということだ。
 大笹生から朝早く出発したつけ木売りの人たちは、ここで待ち合わせをし、信達一円に出立したという。
 ならば、この道が飯坂古道であるだけでなく、瀬上道との追分近くということも大切な要素だろうか。
 瀬上は奥州街道宿でもあり、東根郷に抜ける道もある。その街道の途中から大森道へ進む追分もある。
 今は、フルーツライン、国道13号線、飯坂街道に挟まれた中の路地裏でしかないが、昔は、この「曲屋」は、すべての道へつながる出発地点という誇らしい感覚があったということだ。そのスポットが、ここから信達一円に出立するつけ木売りの方々などによって知れ渡ったと想像しているといことのようだ。
 なお、この御宅が「曲屋」にこだわったのは、岩手県の南部地方出身だったという故郷への思いだったということらしい。


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 自分には、この街道の道筋は、今もその誇らしい感覚の面影を残しているように感じられる。
by shingen1948 | 2010-07-19 05:04 | ◎ 飯坂街道・古道 | Comments(0)