人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

ふくしまの建築41ー普通農民の住居

a0087378_5134462.jpg 民家園にある「普通農民の住居」として展示される旧阿部家は、豊かな水の地である福島の北西山麓にあたる安養寺から移築されたようだ。
 民家園の案内では、この園にあるもう一つの普通農民住居と比べたり、県北地区の一般的な民家と比べてその特徴を案内する。


 旧所在地:福島市大笹生字安養寺44番地
 建築年代:江戸時代中期(1700年代後半・推定)
 面  積:68.91㎡
 復 原 年:昭和59年(1984)11月
 旧阿部家は、普通農民住居で、菅野家より20~30年程新しい時代の建築と推定される。
 「なかのま」といわれる日時用生活の中心の場が、「土座」であることが、この住居の特色である。なお、旧菅野家では板床敷きになっている。
 「なかのま」の奥に「ざしき」、「なんど」が見られる。「なんど」まで土座がおよんでいる。
なお、今回の組み立てに当たっては、平面、外観など、すべての面にわたり、建築当初の姿に復元した。(昭和60年度記)


a0087378_516727.jpg
 そこで浮き上がった特徴は、土座であること、やや小さめであると、軒が低くく、開口部が南側にしかなく、三面が厚い土壁でおおわれた大壁造りになっているということということのようだ。
 民家園では、その住居の持つ雰囲気に合わせてその環境が整備されるが、その特徴をつきつめているわけではない。そこに人が住んでいないので、その必要性もない。ただ特徴が、知識として理解できるように説明される。


 この民家園の中で完結させずに、実際に建っていた地を散策することで、この特徴が納得できることがある。
a0087378_5253197.jpg
 住所と地図を照らし合わせると、この辺りに建っていた住宅のようだ。


a0087378_5282454.jpg
 この集落の左手には、廃寺になった安養寺とかかわる風景が広がる。
 この寺は、明治政府の政策によって廃寺になって、地名だけが残ったとのことだった。
 最近、その内容が分かった。25の檀家数以下の仏閣は廃止とのきまりで、ここを廃寺にして檀家は中之寺の寺に統合したということらしい。


a0087378_5334411.jpg
 この集落は、南に広がる日当たりのいい斜面には、果樹園が広がっている。
 後方に山が迫り、南側が解放された傾斜地になっているという特徴のある所に、この民家は建っていたということだ。少なくとも、その特徴の一つである「開口部が南側にしかなく、三面が厚い土壁でおおわれた大壁造りになっている」その訳のようなものが理解できたように思える。
 
 最近、吾妻古道なるものの存在を知った。それは、白和瀬神社の前の道を過ぎて、この集落を目指し、この集落から南下し庭坂を経由して土湯に向かう会津への道があったとのことだ。
 その街道筋の風景でもあるということのようだ。
by shingen1948 | 2010-07-04 05:50 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)