地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 ⑪-2~「福島煉瓦業の碑」

 「福大研究紀要」の「建碑考(須田哲夫)」に、「笹木野煉瓦工場の碑文」内容は、次のようなことだと紹介される。
 福島市は、昔から商業の町であり、工業はこれといって無かった。明治二十五年奥羽線開通した。
 この頃、陸前国本吉郡松岩の人、畠山六兵衛と、伊豆国加茂郡上河津村の人、稲葉常松と、岩代国耶麻郡山都村の人、小沢昌次の三人が移住して来た。三人は、この地笹木野の原野は、耕地として適当でないことを見極め、煉瓦と土管の製造に手がけたのである。福島工業会社と名称し,畠山六兵衛が社長となり、稲葉、小沢の両名はこれを補佐したのである。笹木野の地は、吾妻山の扇状地で地下水が深く、田畑には適していない。しかし、土砂は,煉瓦と土管の製造には適していたのである。煉瓦と土管の製造は、当地一円の需要に応じ、特産の名を高くしていった。福島の工業界の発展を喜び、ここに煉瓦業創業の三氏の功績を讃えて記念碑の建立となったのである。

 更に、「福島八景の碑」裏面に刻んだことについて、次のように刻まれる事を紹介する。
 「今滋十二月有志の人々巌窟観音堂の畔に福島八景碑を建つるよし聞き其の碑の裏面をかりて此よしを勒し永く三氏の功績を伝ふになん。明治三十六年十二月 有志家。」

 拓本の技術も古文の知識も持ち合わせていないが、それでも書かれた文章の雰囲気を感じたい。
 それで、先の解読された内容と拓本の図版を借りて、書かれた文章を類推してその雰囲気を味わう。

 福島の地古来商業を以世に知られし、工業にいたれりては他に秀れたりいふことを聞かざりしが之なし明治二十五年奥羽鉄道線敷設し頃陸前国本吉郡松岩の人、畠山六兵衛と、伊豆国加茂郡上河津村の人、稲葉常松と、岩代国耶麻郡山都村の人、小沢昌次の三氏此地に移住され○さに地勢を案じた笹木野の耕地に適さざるを見きわめ以て(?)煉瓦土管製造の新事業を創○導て福島工業会社を起して、畠山氏其長となり他の両名また事務を補佐し広く煉瓦と土管との需要に応じたるより今は此地の一特産として世に愛ではやさるることと○○りし○○まるべきの
 こんな感じの文の後ろに、福島八景碑の裏面を使う事情の先の文があるということだろうか。

 この「福島煉瓦業の碑」についての整理を、「福島の建物」とするか「信夫三山」の続きで分類しておくかと迷った。そこに、偶然福島勧銀の写真が手に入ったり、福島煉瓦業にかかわる情報をもう一つ頂いたりした。
 これらの事も含めて整理しておくのに、建物の方にした。
by shingen1948 | 2010-05-25 05:05 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)