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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫三山~松川と競馬場の情報③



 福島競馬の新聞記事があることを確認したのは、福島市資料業書だ。しかも、一度廃れた競馬を明治29年に再興した時の記事だ。
 ここに、最初の福島競馬についても紹介されている。
 明治20年11月、沼沢七郎、小野寺志一、東忞の三人が発起人となり、明治維新の役に際して、東征西伐、力を王事につくして身を国際につくした勇士奮戦死の精忠の霊魂を慰めることと、わが国の馬の改良の必要性から、祭日に騎馬を集め、競馬をするということだったようだ。
 この競馬が下火になっていたのを、「征清の大挙があって、当地の信夫招魂社にも精忠の霊魂が祭られたのと馬の改良の必要性から信夫競馬会を設けた」という事で再興したということのようだ。発起人として、名連ねるのは、今井鉄太郎、古河湖左など馬商組合代表19名。(明治29.2.16民報)
 「福島はじめて物語」による情報を加えると、観客は100人程度で、勝ち馬を当てると、商品として馬の鞍や毛布などがプレゼントされたとのことだ。

 3月19日付新聞記事では、「昨日の競馬」として、再興されたレースを紹介しているようだ。レースは18日実施だろうか。
 まず、音楽が響いて、花火が数発上がる。号鐘2打あって、赤白旗がかざされると数秒後には、賞与を手にした騎主が見えるというスピードレースのようだ。結果の紹介とあわせてみると、番組としては、6レース行われたようだ。4頭から11頭立てで、大体10頭前後の馬が走ったようだ。「福島はじめて物語」では、4コースだったとあるから、10頭立ては、ちょっときつくなかったかなと思う。番外は三頭立て1レースだったようだ。

 勝者記録を見ると、70秒から145秒、おおよそ80秒から90秒の勝負だったようだ。
 800メートル80秒は、速いのか遅いのか、競馬に疎いのでよく分からない。
Commented by TUKA at 2012-09-20 19:52 x
「今井鉄太郎」で検索しましたら、こちらがヒットしました。
今井は元鳥取藩士で、安積開拓移住団のリーダーでした。
先発隊として郡山に来た時には、先に移住していた元二本松藩士・馬場直人宅に寄宿してました。
(馬場はのちに初代の県会議員になる)
今井は三島県令退任後、信夫郡長に抜擢され、さらに県書記官になりました。
本文にあります民報記事の翌年の明治30年に脳溢血で倒れるまで県庁の重役として活躍した人物です。
Commented by shingen1948 at 2012-09-22 05:41
情報ありがとうございます。
安積疏水とかわるのですね。信夫郡長で検索したら、自由民権運動ともかかわるようで、競馬賛同は、役目柄だけてはなかったのかもしれませんね。「勇士奮戦死の精忠の霊魂を慰めること」に個人的に賛同しているのかも……、とも思いました。
by shingen1948 | 2010-05-19 10:11 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(2)