地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建物⑥―その6

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 亡くなられた方の情報に、墓地の写真があった。信夫山の散策の折に、立ち寄った。

 いろいろな情報の中から、ドイツ艦船トール号について確かめておく。
 このトール号は仮装巡洋艦で、小型だが多くの戦果を挙げているという。
 仮装巡洋艦というのは、民間船を装っていて、一般的には、次のような行動になるという。

 まず、確実に標的を捕捉するために、民間船を装ったまま接近する。十分接近したらすばやく海軍旗を掲げて、攻撃を開始する。
 国際法上、攻撃するには自国の海軍旗を掲げなければならないというきまりがあるからという。
 攻撃によって停船に成功すると、ボートで拿捕部隊が停戦した船に乗り移る。
 拿捕した船舶は、積み荷や船の価値によって、沈没させるか、味方の港に回航するか、補給船として同伴するかを決めるということだ。
 ナンキン号の場合は、味方の日本の横浜港に回航することになったということだ。

 トール号は、1938年に商船サンタクルス号として建造された。それが徴用されて、仮装巡洋艦に改造されたものらしい。
 1940年6月から1941年4月に南大西洋に出撃して、イギリスの仮装巡洋艦3隻のうち2隻を戦闘不能にし、1隻を撃沈した。1942年1月に再び出撃し、南大西洋や西大西洋で連合国商船を拿捕、撃破した後、インド洋に進出して通商破壊戦を行い、2回の出撃で22隻を拿捕または撃沈したという。
 ナンキン号の拿捕は、その中の一つの出来事のようだ。

 この艦の作戦には、特徴があるようだ。
 まず、戦闘直前に水上偵察機を有刺鉄線を垂らした状態で敵の商船の上空すれすれを飛行させる。
 次に、空中線を切断して無線通信を不可能にする。それから、襲撃するという戦法とのことだ。

 これらの情報を確かめていくと、ナンキン号の乗員が拿捕されるときに体験したであろうことが、やや具体的に想像ができるようになる。

 1942年7月20日のイギリス貨物船インダスとの交戦時には、この空中線の切断に失敗し、自身の位置を無線で暴露されたために失敗したようだ。
 ここで、いったん通商破壊戦を切り上げ、艦の整備・乗組員の休養・物資の補給を行う為に横浜に寄港しました日本へ向かった。
 そこで、先に整理した横浜港ドイツ軍艦爆発事件に巻き込まれるということにつながるようだ。

 日本海軍との関係では、主に燃料や武器・弾薬類の供給や捕虜の引渡しも協力関係にあり、トール号の弾薬も日本側から提供されたものだったという。
 日本側は、機密兵器の操作方法を日本側技術者が指導を受けるなどの軍事技術交換もあったという。
by shingen1948 | 2010-04-25 10:34 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)