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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫三山⑱ ~ 熊野山

 金竜抗は、管理的な難しさがありそうなのだが、福島駅で配布された資料を見たら、羽山の北側の抗口まで紹介されていた。
 改めてその位置関係を見ると、南北にプロットされている。整理した中で、坑道は南東から烏ケ崎を挟んで北西に向けて走っていると想像したことが、誤りかもしれない。抗道は、南北に走っている可能性もありそうだ。
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 さて、信夫山の東稜は、羽黒山を中心に紹介されることが多い。情報を無視して、自然の山として散歩してみると、地形的には熊野山が代表的な頂きにみえる。三角点もここにある。


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 熊野神社脇に建つ案内板には、ここが信夫三山の最高峰で標高268mと紹介される。しかし、観光案内の地図では、最高峰は湯殿山で標高が275mと紹介される。
 案内板では、ここは明治になって移されたもとする。しかし、「信夫山めぐり」の三熊野神社紹介では、ここは大きな社ではなかったが、信夫山の信仰としては古くから親しまれていたが、無線中継所建設に伴って破壊されたように感じられる紹介になる。また、熊野峠というのも、北坂口が盛んだった頃の名残と紹介される。


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 ここの別命は、金華山で、金華山の遥拝碑があるからとのこと。
 この黄金山大神が、その金華山の遥拝碑で、これは、明治18年に建立されているという。位置的には、熊野大神の北側にある。


 それよりも興味があるのは、この山に対する地域の愛着だ。この一帯は、春の山つつじ・ツクバネ・ナツハゼなどの植物が見事らしい。その季節に合わせて、この山を楽しむ習わしがあったというのだ。
 春三月初めの巳の日に山遊びをしたという。山上の人々や御山や丸子部落の人たちが、馳走を持参して、夕方近くから暗くなるまでここで酒盛りをする習わしがあったとのことだ。
 この北西の低地には、水生植物の小群落もあったという。


 今は、この山の中心には、アンテナ塔が鎮座する。

 ふるさとの良さを見つけよう
 神社仏閣 熊野神社
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 ここは信夫三山の最高峰熊野山(268m)の頂上である。鎌田の方から登る熊野道の峠で熊野峠といい遥かに金華山を遥拝したことから金華山ともよばれている。昔、御山や丸子部落の人たちは、つつじ咲く頃に馳走を持参して春日を楽しむ行事をもったという。
 熊野神社は、平安の初めに坂上田村麻呂が紀州の熊野三所権現を遷宮したのによると一般にいわれるが、この熊野神社の縁起は明治39年12月に現在地に移し、仮堂ながら寺堂も建立した。これが最近改築されて今日に至っていることはいうまでもない。なお、境内続きに明治34年再建の成田不動があり、岩谷観音○階の傍には長命地蔵・成願地蔵がまつられてある。
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by shingen1948 | 2010-04-10 05:34 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)