地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫三山⑰ ~ 羽山⑬

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 地下工場は、信夫山金山の坑道が活用されているようだ。その中の金竜抗は、今も管理的には難しいようにも感じられる。開いている金竜坑と思われる坑口に出会う可能性がある。
 「日本の戦争遺跡」では、信夫山地下工場の位置をこの金竜抗あたりにプロットして紹介している。
 そして、信夫山地下工場は、A・B・Cの三つの工場があって、縦抗も確認できていると紹介する。A・B・Cの三つの工場というのは、先の山根第一・第二工場とこの金竜抗を指していると想像するが、自分が見ている資料と別なのかもしれないとも思う。
 全体計画にいくつかの違いがある。
 一方は32800㎡とし、もう一方は355000㎡で、そのうち100000㎡実現段階で敗戦とする。従業員数も違う。一方は7000計画とするが、もう一方は、計画不明だが、実動1500人とする。
 坑口が7つ確認との情報も、散歩では確認できていない。縦抗というのも、散歩の範囲では、この金竜抗だけに思う。
 その縦抗だが、金竜抗では3本の坑道が縦に並んでいると想像される。ここにエレベータ設置も想定していたらしい。工場用の坑道は、その一番下の坑道に想定されているらしい。
 北側にこの抗と関わると思われる坑口が、烏ケ崎より西側に開いていたという。そのことを基にすれば、坑道は南東から烏ケ崎を挟んで北西に向けて走っていると勝手に想像する。
 塞がれた二つの金竜抗の坑口は、先に整理した写真の中にある。
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 証言集に、この工場の動力源にかかわる記述をみつけた。
 清水変電所から確保しているらしい。信夫山の湯殿山に変電所をつくり、ここに13本のH柱を建てて電線を引いたようだ。その湯殿山の変電所から工場に引き込んだということらしい。
 清水変電所から信夫山を眺める。
by shingen1948 | 2010-04-09 05:45 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)