地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫三山⑩ ~ 羽山⑥

 ここが羽山であることを確かめた上に、古来この山は神々と修験道の山とされているというイメージを重ねる。
 『信夫山めぐり』(梅宮茂著)によると、月山神社手前の道祖神は、その羽山信仰と修験にかかわっているらしい。
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 その中にある道祖神を見逃していたので、もう一度出かけて確かめた。道祖神については、特に案内があるわけではなかった。頼りは、「人工が加えられた女陰石は、月山祠の傍らにあり(現在月山社前)にあり、……。」とあることだ。
多分、これだろうと思うだけだ。

 毎年、旧11月17日に羽山籠りが終る早朝に羽山掛けがあったとのことだが、その初参加の新小姓の少年は、ここで成人の秘儀があったという。
 記録等からは、少年は赤い頭巾をかぶって木製の男根を背にして参拝するという概要であることは分かるという事だが、詳細は不明とのことだ。


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 羽山の良さは岩場の良さで、それが修験と結びつく。
 月山あたりも修験場とすることは分かっていたが、散歩中は籠り場や坊のイメージでしかなかった。
 「信夫山」にその行場が紹介されるが、描写から考えて、この吾妻山らしい。

 月山行場は、低い塚場円錐形の岩塊で、渟中太命の御陵に附会され明治初年には垣がめぐらしてあった。大小の岩塊が露出し、地獄天上、梵天、帝釈天、姥神石、三宝荒神、柱連かけ岩などの名があり、月山、虚空蔵、弁財天、吾妻山拝み石などの石宮、石塔がある。この塚状で三度めぐりの行があった。初参の者は、三度山をめぐり、その都度拝み所(祈祷所)にローソクを燭(とも)す習俗であった。
 この描写のうち、整理され始まったのが月山、虚空蔵、弁財天などの石宮で、残るのが吾妻山拝み石のようだ。
 気になるのが、月山神社で発掘された多量の古鏡とは関連しないのかということ。この古鏡に釘跡があるとのことで、飾られたものではあるようだ。ただ、それが、この辺りに埋蔵されていたものを活用されたものという想像はないのだろうかということだ。単なる散歩人としては「低い塚場円錐形の岩塊で、渟中太命の御陵に附会され」ということと関連して想像してしまう。


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 この古井戸は不思議な近年の風景だったが、ここに籠るというイメージを持つには、この水は心強いような気もする。


 修験道の山のイメージで、湯殿神社に向かう。
by shingen1948 | 2010-03-28 06:12 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)