地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫三山⑨ ~ 羽山⑤

 『信夫山めぐり』(梅宮茂著)では、羽山寺遺物の概要について紹介するとともに、「羽山寺」の御堂配置についてふれている。
 遺物が発掘されたことで、言い伝えだった「羽山寺」の実在が確定し、その言い伝えの配置も正しい可能性が高くなったと判断したらしい。
 月山脇が羽山寺本坊で、その斜面に、金剛蔵王堂、三重塔、弁財天堂、明王堂が配置されていたという。
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 確かに、幾つかの平場があって、そこに堂宇の何かがあっても自然だ。
 この奥の院にあたる平場にも、御堂があってもよさそうに思う。


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 残念に思うのは、吾妻山近くの祠が整備されているという事だ。
 恐らく修験道とかのイメージを大切にした中で、不必要と判断されたものが撤去されようとしているのだろうと思う。

 もともと「ハヤマ」にかかわるローカルな祈りがあって、そこに、修験とか密教的な祈りや仏教的な祈りが重なっているはず。その雑然としたローカルな祈りを整理して、見た目に美しくするという発想に見える。これは、西国の方々が権力を手に入れた時に押し広げた宗教観に近いとも思う。
 ただ、駐車場に整備されてしまった「堂平」をみると、開発に前向きで決して後ろを振りむかない地域性なのかもしれないとも思う。


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 案内の石碑では、この堂平の土手で羽山寺の遺物が発見されて羽山寺本坊跡と紹介する。『信夫山めぐり』(梅宮茂著)では、羽山寺の遺物が発見されて羽山寺本坊跡として、ここには大日堂、阿弥陀堂、薬師堂などの主要な堂宇や行者の庵、それに、籠り堂などを想像するようだ。
 この違いで少し混乱するが、元々言い伝えという部分だと割り切る。ただ、羽山寺の遺物が発見は、月山神社脇ということがよさそうには思う。
by shingen1948 | 2010-03-27 05:39 | ◎ 山歩きと温泉 | Comments(0)