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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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飯坂東線~茂庭策動軌跡②

 先に茂庭策動軌跡について整理したが、うまくイメージされていなかった所がある。
 その一つが、新道に惑わされていたかもしれないということ。
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 摩利支天様の三角形に残された地形が、飯坂温泉付近図の策動の地形と重なると見ていた節がある。地図を見直してみると、道は字切りに沿っている。字切りに沿った三角形の道は、m屋の角の道だ。地図にある角は、m屋の角と重ねるべきだ。

 それを、先の整理では、策動軌跡の終点を摩利支天様の北側と捉えた節がある。
 策動軌跡の終点を、m屋さんの北西広場あたりに修正する。そこからトロッコに積み替える設備があり、m屋さんの前からトロッコで運び出されたというふうにイメージし直す。


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 積み替えられた木材を中心とした荷物は、この道を通って、S製材所のところまで運ばれたのであろう。


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 ここが、トロッコ道の終点であろうか。木材等はこの前の製材所で加工され、又は、原木のままこの南側を通っていた飯坂東線を使って、伊達駅方面に運ばれていったのだろうと思われる。

 
 自分が茂庭とかかわっていた時代には、木材はトラックで運ばれていた。ちょっとバランスを崩せば引っくり返るだろうと思うぐらい高々と積んだトラックが超スローで走る。これに出会えば、その後をゆっくりとついていくしかなかったが、今はいい思い出。
 木材を山から下ろす馬の姿も思い出した。
 曖昧な記憶だが、新聞は福島始発のバスで運ばれていたような気がする。
by shingen1948 | 2010-03-08 05:04 | Comments(0)