地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 32

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 現在の鯖湖湯の建物は、平成5年に改築されたものだが、イメージとしては老朽化で取り壊された建物と同じような感じがする。
 老朽化で取り壊された建物は、明治22年(1889)の飯坂町誕生の時に再建された建物だった。


 これは、明治21年(1888)の湯町から出火した飯坂大火で焼失した鯖湖湯を再建したものだったというこのようだ。この大火で、湯沢・十綱町の178戸が灰になったという。
 「飯坂の歴史」によると、これをきっかけに、新しい町づくりをしたという。
 旧道を広げ、新しい道を造り、錦町、古戸町、旭町、鯖湖町、若葉町などの新町を設置して、若葉町に遊郭を移転したとのことだ。
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 鯖湖湯再建もその一環だったらしい。
 鯖湖神社建立は、明治24年(1889)らしい。
 「飯坂の碑」が八幡神社境内へ移転されたのも、この整備事業の一環らしい。

 昔、この鯖湖湯には、何度か入ったことがある。先日、旧友と話をしていたら、鯖湖湯に誘われて一緒に入ったという話をされた。

 a0087378_11253595.jpg 鯖湖湯の脇の足湯に浸かっていたら、「鯖湖湯跡」という案内石柱が建っているのに気がついた。
 老朽化で取り壊された鯖湖湯の建物は、この辺りに建っていたということだ。友人と入ったのもこちらだろう。
 確か、今の鯖湖湯の建物が建つ所には、透達湯があったはず。
 この時代の透達湯の建物は、今の他の共同湯と同じように、モルタル造りの建物だったはず。ということは、こちらは明治21年の大火では焼失をまぬがれたということだろうか。

 明治時代には、ここにいろいろな文人が訪れている。その方々が目にした風景は、自分の頭にイメージされる風景に近いものだったのかもしれない。
by shingen1948 | 2010-03-07 11:30 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)