人気ブログランキング |

地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

福島の建築 30

a0087378_51854100.jpg
 旅館中村屋は、趣のある旅館だが、先に整理したのは、「飯坂こけし」とのかかわりだ。
 「飯坂温泉と土湯温泉:飯坂こけし」で整理したのは、明治32年に、土湯の工人である渡辺作蔵の二男角治(明治10年~大正11年)が飯坂に移ってくるのだが、これが、中村屋旅館の主人阿部与右衛門の口利きだったということだ。

 この中村屋の安倍与右衛門も、土湯から移ってきた方で、この建物を明治23年に譲り受けて、「なかむらや」と改めたという。
 中村屋のホームページでは、旅館の沿革について以下のように紹介していた。
 初代阿部與右衛門は、明治のはじめ現在の福島市外土湯温泉からこの地飯坂に出て参りました。当時土湯村において旅籠を営んでおりましたが、たび重なる洪水に悩まされ、このまま土湯に留まっては家運が衰えると判断し、飯坂に進出することを考え、当時の花菱屋、(現在の花水館の前身)を買受け営業したのであります。その後旧館(江戸館)に新館(明治館)を増築し、100年が過ぎました。

 見切りをつけるきっかけになった土湯洪水は、明治22年の水害と考えられる。
a0087378_5202695.jpg
 この建物自体は、明治初年の建築で、花水館の前身「花菱屋」の営業だったという。明治13年の飯坂大火もくぐりぬけて残っていたと聞く。帳場、諸道具、昔のまま保存されているとのこと。

 花菱と違えているのが鷹の羽の二つの紋とのことだが、これを気にとめていなかった。
 改めて確認に出かけてみたが、確かに南側の入り口に紋がある。見ようとしなければみえないということか。赤瓦葺き。
by shingen1948 | 2010-03-05 05:26 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)