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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 28-2

 橋銭小屋と直接関係するのではないが、この須川にかかる「舘下橋」から荒川にかけて、米沢街道が消失する区間だ。
 散歩をしていての勘でしかないが、この川筋も頻繁に動いているのではないのかなと思っている。
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 本道を一本東側の道に入ったこの景色は、明らかに河床だ。右手に土手がつながっている。


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 この左手の土手の北側に今の川筋がある。


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 振り向いて、西手を見る。
 その右の土手の上には水神がある。勝手に、大正時代あたりまで、須川は、こちらを流れていたのではないのかという思いもある。


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 ただ、こういう景色もみると、単なる遊水地かなとも思えなくもない。


 だから、どうでもいい話なのだが、橋銭小屋の位置は、資料によって微妙に違う。

 旧橋の南側の右手にプロットされている資料と、新橋の右手にプロットされている資料を見た。橋の両側に銭小屋があったとの記載をみたこともある。
 歩いた感覚で何の根拠もないのだが、この時代の橋は、旧道にかかっていた橋に近い右側と想像を固定した。その南側の土手の右手に橋銭小屋を想像することにしている。

 昔、近くの新道の角で、道標らしきものをみつけたことがあって、探ったことがあった。分かったのは、この米沢街道が消失した田のどこからか運ばれたものであるらしいこと。
 その位置を確かめようと試みたが、うまくいかなかった。
 最近、その道標らしきものもみかけなくなった。

 幻の米沢街道への思いを銭小屋の2として付け足しておく。
by shingen1948 | 2010-03-01 05:59 | ◎ 福島の建築 | Comments(0)