地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の建築 27

 「客自軒」の建物の近くに、もう一軒明治時代の建物が移築されている。
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 「旧筧家宿店」だ。宿店部分は明治10年代の建築という。
 この建物は、この民家園が開設された当時から、ここに移築されていたものだ。他の移築された建物と同じように、それ程関心を持っていたということではなかった。
 それが、最近になって、親しみを感じるようになったのは、移築前にこの建物があった場所だ。
 旧会津街道と、旧米沢街道の分岐点にあったものという。
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 ここが、その旧会津街道と旧米沢街道の分岐点で、手前の道が会津街道、右手が旧米沢街道だ。この角の所に店はあったという。

 この旧米沢街道は、大森道の方だ。この街道の庭坂から、舘前橋経由で名倉城までは何度か散策していた。それが、昨年4月ごろに名倉城を確かめて、そこから、下村経由で観音寺の会津街道分岐点まで確かめたところだった。
 何となく米沢街道の大森道が見えてきたなと思っていた時に、この建物を見たというタイミングだ。更には、何度か見ていた資料の中に、この店の位置がプロットされているのを見つけたこともある。
 資料、建物を見たこと、近世米沢街道(大森道)を歩っていたこと等がつながって、この建物が気になりだしたということだ。
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 案内板によると、解体された主屋は、宿店より早く建築されているという。その主屋は解体して宿店を建築当時の姿に戻して移築されたとのこと。
 特色は、店のしとみ戸、二階外壁の漆喰の「商人宿」の文字、襖絵とのことだ。
Commented by TUKA at 2010-02-27 21:09 x
分岐点、懐かしいです。
当時は特定に苦労しましたが、今は標柱が立ってるようですね。
ttp://wing2.jp/~kaido/ita/ita09.htm
Commented by shingen1948 at 2010-02-28 06:15
 下村から観音寺にかけての街道筋も難しいですね。
 途中115号線を渡ったあたりに屋敷跡らしき痕跡があることも、ちょっと気になっています。

 参考にさせてもらおうと思ったのですが、今ちょっと開けないようです。
by shingen1948 | 2010-02-27 05:08 | ◎ 福島の建築 | Comments(2)