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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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万世大路付近の笹谷村・北沢又村・南沢又村を横断的に認識するのに便利な道筋が、ヨークベニマルから万世大路を少し南下し、コーヒー店を右折し、大東銀行の脇を通って南下する道筋だ。

この散歩によく使う道筋は、阿保原橋まで直線で結ぶ。古い地図等と照らし合わせてみると、この辺りの団地造成にかかわって整備された道筋のようだ。

この道筋の東側は飯坂街道沿いに団地造成され、町名も変更されている。しかし、この西側は昔の字名が残る。その残された字名と景色の痕跡とを万世大路と飯坂街道分岐点辺りの北沢又村と南沢又村の村界散策②_a0087378_08354546.jpg繋ぎ合わせることによって、懐かしい風景がイメージできるような気がしている。

その道筋のおおよそを南沢又村と北沢又村の村界辺りを確認した図に赤線で示すとこんな感じだと思う。

この道筋を笹谷村側から南下していった時の現風景と旧小字を照らし合わせてみる。

万世大路からこの道筋に入る地点は、コーヒー店フロールの角だ。

この道筋を南下するのだが、直ぐの左手が大東銀行となる。

そこからしばらく進むと水路が走る道筋と交差する。この水路が前回まで散策していたことと関わる竹之花()渠だ。これが笹谷村と北沢又村の村界ということで、この図の赤線と緑の線の交差点ということになる。

そこから下り坂になるが、その坂を下って右手に果樹園が見えてくる辺りが、北沢又村の小字下釜になるようだ。この小字が北沢又小学校からの道筋とクロスする辺りまでということで、この北沢又小学校からの道筋が小字下釜と小字出府との小字界線と想像できる。

その十字路を越えて、左手に見える元NТТの社宅アパート敷地辺りが北沢又村の小字出府で、その先の病院前の水路辺りまでが北沢又村分ということになるようだ。

その水路を越えたあたりから南沢又村とすると、この地点が赤線と紫の線の交点付近という事になるだろう。

元NТТの社宅アパートを過ぎた辺りに、上番匠田町会の住宅案内板が建つが、水路手前なので、取りあえず北沢又村分の小字番匠田付近でないのかなと想像する。

水路を過ぎた付近から南沢又村分の小字上番匠田でないのかなと思ったが、ちょっと違うかもしれない。

ここから先の左側は全て松北町とされてしまうので確認できないが、右手に小字の痕跡が残るのでそれを確かめる。

右手に見える病院の位置を確認すると、現北沢又分の小字番匠田とされている。また、その先の北沢又ニュータウン第二公園は、現南沢又分の小字上番匠田とされている。そして、その先のミニストップ店も現南沢又分の小字上番匠田とされている。

このことから、病院の南側の道筋を以って村界とするということかもしれないとも思う。

それから先の右手の風景を確認すると、松北歯科クリニックが見える。その位置を確かめると現北沢又分の小字外新田になっているようだ。

これらの事とこの道筋の現在松北町となってしまった小字を想像すると、恐らく元々の小字上番匠田は元NТТの社宅アパート東側の現小字上番匠田と右手の現小字上番匠田はつながっていて、その残りが元々の小字中番匠田という事なのだろうと想像するが、どうだろうか。


# by shingen1948 | 2021-10-23 08:44 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)

前回まで竹之花()渠を介して接する笹谷村を意識しながら万世大路付近の北沢又村を散策してきた。その北側で笹谷村と接する北沢又村は東西に長い集落で、その南側は南沢又村にも接している。前回の散策で矢野目堰も意識しているわけだから、南沢又村も視野に入っているという事でもある。

万世大路と飯坂街道分岐点辺りの北沢又村と南沢又村の村界散策_a0087378_17220152.jpg

その南沢又村と北沢又村の村界辺りを「福島の小字」を資料に確認してみた。

緑の線で示す笹谷村と北沢又村の村界が、前回まで散策してきた竹之花()渠の水路と重なる。

紫の線が南沢又村と北沢又村の村界だ。

この村界線が、この辺りでは地形的に河岸段丘と河床の地形の境界線のイメージとかさなる。その河床的な地形側が南沢又村分で、河岸段丘的な地形が北沢又村分というような感じだ。

北沢又村の小字成出と南沢又村の下番匠田を横切る細い道筋は、万世大路の道筋。

現況の地図と見比べると、小字成畑と小字中番匠田が見当たらず、小字上番匠田が大きく改変されている感じだ。

古い地図とも見比べると、小字成畑の消滅がかかわっていると想えるのが、小字成出にあった福島第一病院が大きくなり小字成畑まで敷地を拡げた事のように見える。

また、小字中番匠田の消滅と小字上番匠田の大きな改変は、現小字松北町二丁目の団地造成されたこととのかかわりだろうことが想像できる。


# by shingen1948 | 2021-10-20 17:28 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)

竹之花(鼻)渠④

「信達二郡村誌」の「岩代国信夫郡北沢又村」で、字地八計の東側の字地は次のように紹介されていた。

「東に連なるを下八計とす 又斜に東を東谷地西、又東を東谷地北とす 又東を樋越北(東部) 又東を寺西とす(小学校及び人家三戸あり)

字地八計で北沢又村側に分流された竹之花()渠は、ここでいう字樋越北で矢野目堰に合わさる。


竹之花(鼻)渠④_a0087378_15354774.jpg その合流地点がここだ。

 ここから先の風景は矢野目堰としてみていた風景だ。


 矢野目堰の取水口からここまでの風景については、2回に分けて整理している。

 矢野目堰の取水口付近の散策については「矢野目堰の取水口(2009/2/22)に整理している。

 https://kazenoshin.exblog.jp/7984917

 そこから樋越付近までの散策については「矢野目堰②(2009/2/24)」に整理している。

https://kazenoshin.exblog.jp/7995447/

ここから先の風景は、金福寺地蔵堂を含めてこの延長線上にイメージしていた風景という事になる。


# by shingen1948 | 2021-10-18 15:40 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)

竹之花(鼻)渠②

「信達二郡村誌」の「岩代国信夫郡笹谷村」の「川」の項で、「東流して北沢又村界を為し」ていた「竹之花(鼻)渠」は「三本松より北沢又村に入る」と解説されていた。

その笹谷村の字三本松というのが、北沢又字八計とこの竹之花()渠を挟んだ北側の笹谷村分なのだ。

つまり、「三本松より北沢又村に入る」というその位置は、北沢又村字八計付近という事になる。

竹之花(鼻)渠②_a0087378_08143301.jpg

 この風景が、その最初の分岐点の現況ということではないのかなと想像する。現況では左手に分流するように見えるが、こちらが竹之花(鼻)本流だと思う。右手が北沢又村字八計に入って分流した支流だと思う。

 現在の道筋は、この最初に分流した水路に沿って形成されている。この道筋の延長線が飯坂街道に繋がっているということで、成出の道筋とずれているのだろうと想像する。


 この道筋が字八景と字下八景の字界の道筋と交わる付近の風景から、この道筋は元々ある道筋を改良したものであろうことが分かる。


# by shingen1948 | 2021-10-16 08:17 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)