地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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タグ:ニュースから ( 182 ) タグの人気記事

 相馬野馬追のメイン会場なので、雲雀ヶ原には行ったことがある。しかし、その西に広がる平地が原町飛行場跡地であるということを知らなかった。
 きむら氏が訪れる記事を具体的にイメージすることができていなかったのだ。
 それで、原町飛行場についての確認だけはしていたのだ。ただ、散策予定がないので整理はしていなかったということだ。
a0087378_14145577.png 散策資料に紹介される原町飛行場の見取り図は、どれも青田信一氏が提供されるとした昭和15年当時の様子だ。
 これは「はらまち九条の会」会報紙からお借りした。

 武揚隊隊長の山本薫氏も、訓練兵として、この「学生舎」で生活していたのだろうと想像する。
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by shingen1948 | 2017-10-12 14:17 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)
 地方祇を眺めていたら、原町飛行場の最後慰霊祭の記事があった。

 先に「会津のわだつみ」長谷川信氏について「会津の『わたつみのこえ』を聞く」として整理し、その情報を元に、会津での長谷川信氏の情報を整理したところだった。
 原町飛行場は特攻隊がかかわる飛行場だが、長谷川信氏が直接かかわるわけではない。かかわるのは信氏が所属した武揚隊隊長の山本薫氏だ。

 「会津のわだつみ」長谷川信氏について整理している中で、会津でも「長谷川信少尉」の手記をもとに非戦平和を訴えてこられた信氏の菩提寺ご住職が亡くなられているという情報を耳にしていたところだった。会津でも信氏の話を元に非戦平和が意識される機会が減るだろうなと思っていた。
 こちらも、慰霊祭が無くなれば報道される機会はなくなるだろうから、忘却が進むのだろうと思う。

 きむらけん氏も「忘れられた特攻隊: 信州松本から宮崎新田原出撃を追って」脱稿後に原町飛行場と陣ケ崎公園墓地慰霊碑訪れているようだ。
 次のように整理されている。
 〇 下北沢X物語(3354)―旅での瞑想:原発と特攻―
 http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52052801.html#more
 〇 下北沢X物語(3356)―鉾田陸軍飛行学校原ノ町分教場へ―
 http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52052973.html
 〇 下北沢X物語(3357)―鉾田陸軍飛行学校原ノ町分教場へ2―
 http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52053056.html
 〇 下北沢X物語(3358)―機械と神・航空神社と鉄道神社―
 http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52053155.html

 「最後の慰霊祭 原町飛行場関係戦没者【福島民報(2017/10/11)】

 http://www.minpo.jp/news/detail/2017101145819
「 太平洋戦争中、南相馬市にあった原町飛行場で訓練し特攻隊などで亡くなった戦没者らを慰霊する「第47回原町飛行場関係戦没者334柱慰霊祭」は9日、同市原町区の陣ケ崎公園墓地慰霊碑前で行われた。遺族や関係者の高齢化で今回が最後の慰霊祭となる。全国から訪れた遺族や関係者が最後の慰霊祭を惜しみながら平和を願い、静かに玉串をささげた。
 同慰霊顕彰会の主催で、大東亜戦争原町関係戦没者465柱慰霊祭を兼ねている。約80人が参列した。同市鹿島区の伊勢大御神の森幸彦宮司が斎主を務め、八牧将彦顕彰会事務局長が「慰霊祭は今年度で最後になる。長期にわたるご支援ありがとうございました」とあいさつ。細田広南相馬市議会議長、衣笠陽雄特攻隊戦没者慰霊顕彰会専務理事、高野光二県議、佐藤則彦県隊友会南相馬支部長、大場盛子県遺族会副会長らが追悼の言葉を述べた。原町メンネル・コールのメンバーが鎮魂歌を献歌した。
 原町飛行場は1940(昭和15)年に開場し、戦時中多くのパイロットを育て、戦場に送り出した。飛行場を支援する住民との交流の思い出を胸にたくさんの特攻隊パイロットが飛び立っていったとされる。顕彰碑は原町飛行場で訓練を受け、戦後、南相馬市原町区に住んだ故・八牧通康氏らが中心となり1971年に建立した。毎年、顕彰会が主催して慰霊祭を実施してきたが、戦後72年を経て、遺族らの高齢化が進んだことなどで、民間としての慰霊祭の継続を断念することになった。
 特攻隊戦没者慰霊顕彰会の衣笠専務理事は「慰霊祭が継続できないのは残念。原町飛行場は特攻隊の歴史を語る上でも重要な場所であり、何らかの形で慰霊祭を復活されることを願っている」と話していた。」
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by shingen1948 | 2017-10-11 17:17 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)

山中選手が会津若松にやって来たのは、昭和36年(1961) に会津若松で行われた国体に参加するためだ。

この大会の様子は、先に記したように「ふくしま教育情報データベース」というサイトの「県民ニュース」で見ることができる。しかし、会津若松市のホームページに掲げられる「会津若松市の歩み」には、その第16回国民体育大会が実施されたことは記されていない。

多分、この大会は開催地が秋田県であり、水泳競技だけが会津若松市の水泳場で行われたからなのだろうと思う。

ちなみに、先に整理したボート競技で福島県も会津高等学校も優勝した昭和27年(1952)の第7回大会については、柔道と軟式庭球が会津若松市で実施されたことが記される。(ボート競技は会津地区である「福島県営荻野漕艇場」で行われてはいるが、確かに会津若松市での実施ではなかったので記されない)。

また、平成7年(1995)の第50回大会では、6人制バレーボール・ソフトテニス・柔道・なぎなたスポーツが実施されたことが記されている。これらのことから、記載の基準は、開催県とのかかわりなのだろうと想像する。

昭和27年(1952)の第7回大会は、福島県、宮城県、山形県の共同開催で、平成7年(1995)の第50回大会は、開催県が福島県だったが、第16回国民体育大会の開催県は秋田県だった。

会津若松市の水泳場は、昭和26年に開設されているが、昭和27年(1952)の第7回大会では水泳競技は行われていない。この時は、宇都宮市の市運動場プールで行われているようだ。

昭和36年(1961)の国体開催までの間に行われたプール改修工事の様子はおぼろげながら記憶にある。
 印象深いのは高飛び込みプールの新設だ。

この施設使用については、自分とは無縁だ。ただ、その高飛び込みの練習については自分の思い出と重なるところがある。
 というのは、この高飛び込みの空中姿勢制御の感覚を養うのには、トランポリンを使っての練習が主になるのだ。この練習は、普段学校の体育館内で行っているのだが、これが結構楽しめそうに見えるのだ。

それで、自分は、本当は陸上部に所属していたのだが、時々、このトランポリンの練習をさせてもらっていたのだ。縄張り意識も無く、大らかに接してもらっていた。 
 今思えば、この部活は創設間もない頃だ。興味を持ちそうな部員を引き入れたいという意図があったのではないのかなとも想像する。



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by shingen1948 | 2017-03-22 08:29 | ☆ その他の話題 | Comments(0)
 少年の頃お話を伺う機会を得た事を思い出した。
 学校の体育館での講演で、みんなの質問に答えるという形式だったことは覚えているが、その内容は覚えていない。
 覚えているのは、自分とはかけ離れた世界の方が自分目の前で対話されているという空気感だ。
 もっと強烈な印象は、胸板の厚さに圧倒されたことだ。お話をお聞きしている時にはそれほど感じなかったのだが、体育館から教室に戻った後、控室である校長室に入られる山中選手を見に行ったのだが、この時に強烈に自分の記憶にインプットされたのだ。

 随分古い話で、記憶が曖昧だったので、少し確認してみた。
 記憶では、会津若松で水泳の国体があったこととかかわるはずなのだ。
 しかし、昭和30~40年代の福島での国体をイメージして検索してみたが、なかなか見つからない。それで、会津若松市に絞った国体を検索してみみたらありました。
 昭和36年(1961)の秋田国体だ。この時、水泳競技だけ会津若松で行われたようなのだ。

 会津若松市の年表で確かめ直すと、9月14日に「第16 回国民体育大会水泳競技、市営プールで開催」が記されていた。また、「ふくしま教育情報データベース」の「県民ニュース95」には、その時の国体の様子が確認できた。
 http://www.db.fks.ed.jp/
 記憶と照らし合わせても矛盾がない。この時の記憶だったということだ。

 山中選手の経歴と照らし合わせてみた。
 すると、前年の昭和35年(1960)は、ローマ五輪だ。この時に、山中選手は、400メートル自由形、800メートルリレーで銀メダルを獲得している。
 その世界に通用する旬の山中選手が、自分のフィールドである学校にやって来たという思い出の記憶がよみがえったということだ。
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by shingen1948 | 2017-03-09 06:21 | ☆ その他の話題 | Comments(0)
 新聞を読んでいた家族が、「山中選手が亡くなったようだよ」と声をかけてきた。確かめると、以下のように報じていた。
 「山中毅さん78歳=五輪3大会の競泳代表、銀四つ【毎日新聞(2017年2月14日)】
 1956年メルボルン、60年ローマ、64年東京の五輪3大会の競泳男子代表で計四つの銀メダルを獲得した、自由形の元世界記録保持者の山中毅(やまなか・つよし)さんが肺炎のため東京都内の病院で亡くなったことが14日、分かった。78歳。葬儀は近親者で営む。
 石川県輪島市出身。輪島高3年でメルボルン五輪に出場し、金メダルを取ったオーストラリアのマレー・ローズ(故人)と激闘を演じ、400メートル、1500メートル自由形で銀メダルを獲得。ローマ五輪でも400メートル自由形のほか、800メートルリレーで銀メダルを獲得した。64年東京五輪では400メートル自由形で6位だった。
 引退後は東京都内でスポーツ企画事務所を経営するなどしていた。糖尿病に苦しんだ経験から、中高年を中心にした水中運動教室も開催していた。2000年シドニー五輪開催中は、毎日新聞でコラムを執筆した。
 
 シドニー五輪も興味はなかったし、元々、スポーツ欄は読まないので毎日新聞のコラム欄執筆には気づいていなかった。
 ネットで検索すると「山中毅のフリースタイル 『シドニー五輪 日本水泳の新時代到来』」の記事があった。そこに以下のような経歴が紹介されていた。
 「山中毅(やまなか・つよし)」
 1939年、石川県輪島市生まれ。60歳。メルボルン、ローマ、東京の五輪大会で、ローマ大会の八百メートルメドレーリレーも含め通算銀メダル4。日本競泳界の自由形の五輪メダルは、山中さんがローマの四百メートルで獲得して以降ない。輪島高から、早大、大洋漁業と進む。漆器の製造販売業を営んだ後、スイミングスクールの運営ほか、スポーツ企画の会社を設立している。

 ご冥福をお祈りします。
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by shingen1948 | 2017-03-05 09:59 | ☆ その他の話題 | Comments(0)
 これから先の日本のあり方が決まるような分かれ道だったような気がする。それは、誰しもが分かっていたような気もする。
 日本が戦争につき進んだ時、誰しもが望んでいないのに何故流れは変えられなかったのか不思議だった。それが、今回ようやく分かった。
 誰もが気づいていたとしても、なし崩しに進もうとする人を抑える事などできないで、何となく流れていってしまうのだと。

 今回の選挙結果を、リーダーは「原発の再稼働を進める方針が認められた」と読むといういうことなのだとか。
 「経産相、再稼働進める方針強調 『公約で示した』【東京新聞(2014/12/16)】」
 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014121601001512.html
 宮沢洋一経済産業相は16日の閣議後の記者会見で、自民党が大勝した衆院選の結果を踏まえ「安全性が確認された原発の再稼働を進める方針を公約として示した上での結果だ」と述べ、再稼働について一定の理解を得られたとの見方を示した。
 九州電力川内原発1、2号機(鹿児島県)は、再稼働に必要な地元同意の手続きが11月に完了。関西電力高浜3、4号機(福井県)も、新規制基準に適合していることを示す「審査書」案を、原子力規制委員会が17日に公表を予定している。
 宮沢氏は高浜3、4号機について「私は規制委ではないので事実関係は存じない」と述べるにとどめた。
(共同)

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by shingen1948 | 2014-12-20 08:37 | ☆ その他の話題 | Comments(0)
 今回の衆院選は、安倍晋三総理が衆議院で圧倒的多数の議席を持ちながら、あえて突然のように解散した事に始まった。その理由を消費税率の10%引き上げを1年半先送りする判断の信を国民に問うためと説明するが、誰しもが取ってつけた理由である事を知っている。
 しかし、理由はどうあれ、この結果を首相は全て信任されたと読むことも知っている。更には、信任と読んだ首相は、原発の再稼働、施行された特定秘密保護法、集団的自衛権の行使容認、一部の専門家から批判のあるアベノミクス等々が信任されたと読み替えていくことも、……。
 たとえば、「安保政策不支持55% 衆院選結果評価割れる【東京新聞(2014/12/16)】」では、「安倍晋三首相は15日の記者会見で、安保政策をめぐる政府方針についても衆院選で信任が得られたとの考えを示したものの、首相の認識とは異なる調査結果となった」とする。
 しかし、本当は「首相は首相の認識とは異なる調査結果となっているにもかかわらず、安保政策をめぐる政府方針についても衆院選で信任が得られたとの考えを示したもの」として推し進めることを誰しもが知っている。
 「安保政策不支持55% 衆院選結果評価割れる【東京新聞(2014/12/16)】」
 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014121601002184.html
 共同通信社が衆院選を受け15、16両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、集団的自衛権の行使容認など安倍政権の安全保障政策について「支持しない」が55・1%で過半数を占め、「支持する」の33・6%を大きく上回った。与党が3分の2以上の議席を得た衆院選結果が「よかった」との回答は27・4%で「よくなかった」の27・1%と評価が割れた。「どちらともいえない」は45・2%だった。
 安倍晋三首相は15日の記者会見で、安保政策をめぐる政府方針についても衆院選で信任が得られたとの考えを示したものの、首相の認識とは異なる調査結果となった。

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by shingen1948 | 2014-12-18 08:34 | ☆ その他の話題 | Comments(0)
 先に原爆投下練習で福島の渡利に爆弾が落とされた事を中心に、平、郡山についても整理したところだが、これに関わる動きがアメリカであったらしい。
 原爆開発施設、国立公園に=3カ所、来年指定―米【時事通信(2014/12/13)】
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141213-00000041-jij-n_ame
 12日に米議会を通過した国防権限法案に、米国が第2次世界大戦中に進めた原爆開発計画「マンハッタン計画」の関連施設を国立公園に指定する条項が盛り込まれた。近くオバマ大統領が署名して成立し、戦後70年の来年中に「マンハッタン計画国立歴史公園」が誕生する。
 マンハッタン計画は1942年、当時のフランクリン・ルーズベルト大統領の承認を得て始まった極秘プロジェクト。45年7月に世界初の核実験が行われ、翌8月に広島、長崎に原爆が投下された。
 法案は「将来の世代のために重要な歴史資源を保存・保護する」と明記。開発の中心地となったニューメキシコ州ロスアラモス、ウラン濃縮が行われたテネシー州オークリッジ、プルトニウムが製造されたワシントン州ハンフォードの関連施設について、1年以内に国立公園に指定すると定めている。
 国立公園化の動きは2003年に本格化したが、被爆地を中心に「核廃絶の願いに背く」(広島市)との懸念が強く、法整備がずれ込んできた経緯がある。法案の議会通過が迫った9日、長崎市は「決して核兵器を賛美せず、恐ろしさを伝える」施設とするよう、ケネディ駐日米大使に要請した。
 戦後レジームの脱却の安倍氏が、唯一の被爆国として広島・長崎の要望を後押しするなどとは考えられない。アメリカでは、広島・長崎原爆投下は、戦争終了に役立ったとの評価を固定化することになるのだろう。
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by shingen1948 | 2014-12-16 08:48 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)
 「鹿児島・川内原発再稼働へのカウントダウン始まる」→「福島県知事選結果ではずみがついた鹿児島・川内原発再稼働の行方」として整理しているが、その手続きはもう直ぐ完了するようだ。
 「鹿児島知事7日にも再稼働同意 川内原発、手続き完了へ【東京新聞(2014/11/6)】」では、県議会は7日の臨時議会の本会議で再稼働を求める陳情を採択する見通しだが、県議会の進行次第では、知事の表明が週明け10日以降にずれ込む可能性もあるとしていた。
 しかし、「川内原発再稼働:鹿児島知事7日同意 県議会委が賛成採択【毎日新聞(2014/11/7)】」によれば、鹿児島・川内原発再稼働に向けて、鹿児島県議会、鹿児島県知事の同意手続きが7日中には完了する見通しになったとのことだ。
 記事中、特別委の傍聴席からのヤジ中に「福島の現状を知っているのか」との福島が登場するようだが、委員長から退席を命じられたとか。

 その福島は、ニュース上かかわりあいはない。福島では、福島県知事選結果に満足し、酔いしれる民主党のニュースが流れる。
 知事選で民主党主導で民主、自民、公明、社民が相乗り支援構図を作り上げたことが最大の勝因なのだとか。それに異を唱えた前代表の取り扱いについては先送りになるようだ。
 「福島県知事選結果ではずみがついた鹿児島・川内原発再稼働の行方」で、冷めた福島県民の見え方として、政治屋さん達が、福島県政のコップ中で主導権争いが行われているように見えるとした。
 下には下があるようで、もっと小さな党内の主導権争いが行われているのだとか。
 「民主県連:新代表に吉田氏 /福島【毎日新聞(2014/11/5)】」
 http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20141105ddlk07010204000c.html
 民主党県連は4日、常任幹事会を開き、代表を辞任した増子輝彦参院議員の後任の新代表に、代表代行の吉田泉衆院議員を選んだ。任期は、前任の残任期間である2016年2月まで。
 新代表の吉田氏は、知事選で民主、自民、公明、社民が相乗り支援して内堀雅雄氏(50)が当選したことについて「あの(選挙)構図を作り上げたことが最大の勝因」と総括。そのうえで来秋の県議選について「知事選では協力してきた自民党と、県議選ではぶつかる。野党間協力は大いに考え、少しでも現有勢力を伸ばしたい」と意欲を示した。県議会(58人)では最大会派の自民が29人なのに対し、民主系会派「民主・県民連合」は14人。
 内堀氏への支援に難色を示していた前代表の増子氏は9月に代表の辞任届を提出し、県連は10月に受理していた。この日の常任幹事会では、内堀氏支援に消極的だった増子氏への対応について「感情的になるので、時間をおいて考える」(吉田氏)と検討を先送りした。【岡田英】

 「川内原発再稼働:鹿児島知事7日同意 県議会委が賛成採択【毎日新聞(2014/11/7)】」
 http://mainichi.jp/select/news/20141107k0000m010141000c.html
 九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働の可否を審議する鹿児島県臨時議会の原子力安全対策等特別委員会(15人)が6日開かれ、再稼働を求める陳情を賛成多数で採択した。7日の本会議でも再稼働賛成の陳情が採択され、同日中に伊藤祐一郎知事が同意表明する見通し。薩摩川内市に続き、県も再稼働を容認すれば一連の地元同意手続きは終わる。
 特別委は計32件の陳情請願を審議した。このうち31件が再稼働反対で、1件が賛成。冒頭、県原子力安全対策課の担当者が、川内原発周辺5市町で10月に開かれた住民説明会の状況と会場で参加者にとったアンケート結果を説明し、「住民の理解を得られたと考えている」と述べた。
 委員は「エネルギー事情を考えると、再稼働を容認せざるを得ない」「現状でとても安全とは言えない」と、それぞれの立場から意見陳述した。再稼働賛成の委員が意見を述べると、傍聴席から「福島の現状を知っているのか」「命を守れ」などと声が上がり、中村真委員長から退席を命じられる場面もあった。
 特別委は午前10時に開会したが、陳情1件ずつに長時間の質疑があり、採決は深夜にもつれ込んだ。32件の陳情を提出された順に1件ずつ挙手で採決し、再稼働反対陳情を賛成少数ですべて否決する一方、薩摩川内市の商工団体などから出されていた賛成陳情を委員長を除く11対3の賛成多数で採択した。
 県議会棟周辺には再稼働に反対する市民グループのメンバーら約80人が集結し、「さよなら原発」などと書かれたのぼりや横断幕を掲げ抗議した。
 川内原発を巡っては、立地市の薩摩川内市議会と市長が10月28日に再稼働に同意。伊藤知事は5日の臨時議会初日に「判断する時期に来ている」と述べて、近く結論を出す意向を示した。毎日新聞の取材では県議の過半数が再稼働を容認しており、最終日の7日、本会議で再稼働賛成の陳情が採択されるのは確実な情勢だ。これを受けて、伊藤知事が本会議終了後に同意を表明するとみられている。【津島史人、杣谷健太】

 
鹿児島知事7日にも再稼働同意 川内原発、手続き完了へ【東京新聞(2014/11/6)】
 http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2014110601000983.html
 鹿児島県の伊藤祐一郎知事が、九州電力川内原発1、2号機(同県薩摩川内市)の再稼働について、7日にも同意を表明する方向で調整していることが分かった。複数の関係者が6日、明らかにした。
 県議会は7日の臨時議会の本会議で再稼働を求める陳情を採択する見通し。立地自治体の薩摩川内市の市長と市議会は既に同意しており、県議会の判断を受け、伊藤知事が表明すれば、知事が示した再稼働の地元同意の手続きが完了する。
 ただ、県議会の進行次第では、知事の表明が週明け10日以降にずれ込む可能性もある。
(共同)

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by shingen1948 | 2014-11-07 06:40 | ☆ 地域・自治話題 | Comments(0)
 鹿児島・川内原発再稼働に向けて、鹿児島県議会、鹿児島県知事の同意手続きに進むようだ。
 経済産業相の鹿児島県来県が、同意手続きの一つにあるらしい。
 その経済産業相は、東京の電力会社の事故以降は福島県来県が通例の手続きがあるようで、報道によるとその手続きが11月1日に行われたようだ。
 「鹿児島・川内原発再稼働へのカウントダウン始まる②」で、「先に小渕優子前経済産業相が福島来県をもって簡略化し、前のめりに鹿児島県入りを目指すかに見える」としたが、そこは省略しないらしい。

 先の東京の報道によれば、政府は鹿児島県入りを11月1~3日を軸に日程調整していたようだが、その日程に合わせて福島県来県をしている事が分かる。
 宮沢大臣の視察後の記者会見の言葉の報道から、文節メモに戻してみる。
 ① 起こしてはならない事故の現場は見た。
 ② 鹿児島県の川内原子力発電所は、事故が起こらないよう、万全な備えをした上での再稼働だ。
 ∴ ①と②より、川内原発の再稼働を進める国の方針に変わりはない。
 多分、東京の電力会社の発電所も、事故前に聞いたのは万全な備えの発電所だったはず。それでも事故を起こしたという反省はなさそうだ。
 今回の福島県知事選で、福島県民の意識を封印できると踏んでいるように見えることには変わりない。

 報道によると、鹿児島では既に再稼働反対、賛成の陳情が10月27、28日の2日間原子力安全対策等特別委員会で審査済みのようだ。
 既に準備は整っていて、宮沢洋一経済産業相の鹿児島入り待ち状態。
 これから宮沢氏が鹿児島県入りし、再稼働の必要性を説明した後、県議会の同意、伊藤祐一郎県知事の同意手続きに進み、原発事故前に戻すようだ。
 それはビックニュース扱いになるだろうが、もはや福島県入りはその前の手順という茶番でしかなく、ネット上、東京新聞のニュース項目にすら見かけない。

 「宮沢経産大臣 福島原発視察【NHK(2014/11/2)】」
 http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6055852071.html
 宮沢経済産業大臣は、東京電力福島第一原子力発電所を訪れ、「廃炉を着実に実現していく。福島の復興なくして日本の再生はない」と述べ、国としても廃炉や汚染水対策に全力をあげて取り組む姿勢を強調しました。
 宮沢経済産業大臣は1日大臣に就任した後、初めて福島県を訪れ、福島第一原発を視察しました。
宮沢大臣は廃炉などの作業にあたる作業員らを前に「たいへん困難で、重要な仕事を着実に実行していることに、心から敬意を表したい」と激励しました。
 その上で「廃炉を着実に実現していく。福島の復興なくして日本の再生はない」と述べ国としても、廃炉や汚染水対策に全力をあげて取り組む姿勢を強調しました。
 このあと宮沢大臣は▼汚染水から放射性物質を取り除く設備や、▼建屋の周囲の地盤を凍らせて地下水の流入を防ぐ、「凍土壁」を建設している現場を視察しました。
 宮沢大臣は視察のあと、記者団に対し、「起こしてはならない事故の現場を見た。一方で、鹿児島県の川内原子力発電所は、事故が起こらないよう、万全な備えをした上での再稼働だ」と述べ、川内原発の再稼働を進める国の方針に変わりはないという考えを示しました。

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by shingen1948 | 2014-11-03 06:20 | ☆ 地域・自治話題 | Comments(0)