京都五山送り火に被災薪使用にかかわる問題では、最終的に京都人に対する後味の悪さが残った。
ただ、この問題は、幾つかの問題が複雑に絡んでいるような気がしている。
その一つは、何となくマッチ・ポンプの仕掛けが働いていたような気がする。報じられることによって、ニュースが作られたというイメージだ。
その前に、そもそも何故京都五山送り火に被災の薪を使用することになったのかという事がある。
報道の中からその事に関わる部分を抜き出すと以下のようだ。
「被災地の薪、一転燃やすことに…京都・送り火」【読売新聞(2011年8月10日)】 新たな薪は陸前高田市のボランティアらの協力で調達、10日にも京都市に運ばれる。
京都五山送り火連合会は9日、陸前高田市から別の薪500本を持ち込み、16日の送り火で燃やすことを決めた。
「陸前高田市のボランティアらの協力で調達」で「500本」だ。
「送り火問題で京都市長『大文字も参加して』」【読売新聞(2011年8月10日)】 「京都五山送り火」を運営する京都五山送り火連合会が、岩手県陸前高田市の松で作った薪500本を16日の送り火で燃やすことを決めたことを受け、京都市は10日、受け入れの準備を本格化させた。市などによると、薪500本は、陸前高田市の薪を販売して復興に役立てる活動をしているNPO法人「ふくい災害ボランティアネット」(福井県坂井市)から買い取る計画で、11日夕方には京都市役所に届く予定。放射性物質がないか検査で確認した後、市民らに震災犠牲者の冥福と被災地復興を祈るメッセージなどを書いてもらうという。
この記事では、「NPO法人「ふくい災害ボランティアネット」(福井県坂井市)」から「買い取り」で、「500本」だ。この団体は、「薪を販売して復興に役立てる(目的で)活動をしているNPO法人」らしい。付け加えれば、陸前高田市とも京都ともかかわりのない方々のようだ。
先に「何となくマッチ・ポンプの仕掛けが働いていたような気がする。」としたが、「送り火 被災地の願い“復元” 【読売新聞(2011年8月12日)】」の記事は、現在ウエーブ上から消されている。
その記事を確認すると、「16日夜、五山の山上で会員が黙とうをした後、仙台七夕まつり(6、7日)で募った約2300人が記した護摩木を薪とともにたきあげる。」とある。
また、「(被災地の願いが書かれて既に)燃やされた薪は333本だったが、1本に複数のメッセージがあるため、護摩木は1000本程度になる予定。作業は4、5日かかる見込みという。」という。
この護摩木、合計すると3300本になる。これは、誰がどこからどんな方策で入手したものかは記事にない。
こんな状況を確認すると、もう一つの問題が浮かび上がる。
それは、京都の対応が悪いということで事を納めているが、京都にとっても迷惑な話だったのではないかという事だ。
京都五山送り火は、本来的には地元の魂という範疇なのではないのかなとも思うのだ。観光としては全国的な行事だろうが、全国の魂を供養するというイメージは今回だけのような気がする。
イベントとしての空騒ぎに付き合わされたという側面があったのではないかとも思うのだ。
この被災薪問題は、玄侑氏がいうように、「日本人の心の混乱が出た」という側面もあると思う。
新聞報道(福島民報)によると、
福島県伊達市長が京都の大文字保存会に抗議文を送ったとも報じられる。
いずれにしても、京都に対する後味の悪さは直ぐには消えないのだろうとも思う。
時間を置いて、ゆっくり考えたいのでとりあえず記事を資料として記録しておこうと思う。
ただ、この「
玄侑宗久さん「日本人の心の混乱が出た」 被災薪問題」の記事は現在も生きているが、幾つかの記事は直ぐに消えそうだ。
少なくとも「読売新聞」の「送り火 被災地の願い“復元”」【読売新聞(2011年8月12日)】の記事は、現在消えている。
資料としたい記事