地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 12月 02日 ( 1 )

 維新塾にこだわってしまったが、その確認のためにこの丁字路角についての多くの情報も得た。
 その中の郵便局情報から、この残された建物は中田屋跡ではないのかなと想像する。
a0087378_10215464.jpg 明治5年に新しい郵便制度がしかれるが、当時は、国から委嘱された方が郵便局を造り、郵便御用取扱役として勤めたとのことだ。
 松川でも、その年の7月1日に取扱所が開かれるが、その初代局長は菅野金作氏とのことだ。
 その位置は、中町の巡査駐在所の東隣の菅野金作氏宅で、近所では郵便中田屋と呼んでいたとある。

 その駐在所情報を確認すると、明治44年に警察制度がしかれた当初は駐在所は横町に置かれたが、自治制度実施の頃からは、中町の今の常念寺前に新築し、松川駐在所と称したとある。

 八丁目家主一欄で、この辺りの様子を確かめると、常念寺の隣に「中田屋金作」が描かれている。

 これらの情報を重ね合わせると、ここに写る建物が「郵便中田屋」跡であり、八丁目家主一欄にある「中田屋金作」跡であり、菅野金作氏宅ではないのかなと想像する。
 この建物の西手に松川駐在所があったとすれば、「常念寺前に松川駐在所新築」という情報とも「中町の巡査駐在所の東隣の菅野金作氏宅」との情報とも矛盾はしないと思うが、どうだろうか。
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by shingen1948 | 2017-12-02 10:24 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(5)