地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 11月 15日 ( 1 )

 狂歌の巨匠とされる排氏は、屋号塩屋で通称渡辺団七とのことだが、半沢氏の「歴史地図」によると、妓櫻経営とある。
 「八丁目家主一覧」では、その斜め向かいに三軒の金沢屋が描かれる。街道散策では参考にさせていただいている「街道Web」の「奥州街道・八丁目宿」で、「八丁目宿・中町の町並み。古い家や土蔵が散見される」と紹介される「加藤絹織物」さんの蔵辺りではないのかなと想像している。
 この風景は撮り逃しているのだが、この蔵は現在取り払われているようだ。
 http://kaido.the-orj.org/kaido/ous/32.htm

a0087378_8401538.jpg 形状と「蓮葉の枯れ果つる音聞く夜哉」の紹介と読み取れる文字とを見比べ、これが加藤紫明碑だと思う。

 八丁目文化情報と照らし合わせると、この加藤紫明という方が八丁目俳壇の中心をなす方のようだが、この方が天明根村金沢屋加藤忠兵衛という方とのことだ。
 それで、先にふれた風景と結びついているのではないかなと勝手に想像をしているところだ。

 この方は、福島の松窓乙二の門で、華憚斎別号二峯楼といい、本宮の冥々、二本松の与人らと交わりがあったとのことだ。また、五村雑誌の著があるとのことだ。
 いずれの情報も、残念ながら手持ちの知識や情報ではよく分からないのだが、その紹介から八丁目俳壇の中心的存在であったことを熱く語ろうとする熱気を感じているところだ。
 この方、文政12年3月18日、65才で没したという。
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by shingen1948 | 2017-11-15 09:38 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)