地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 11月 12日 ( 1 )

a0087378_954824.jpg これは、松川本町バス停辺りから丁字路付近を眺めた風景だ。
 「赤浦屋」は「本町108番地」辺りとの情報を元に「浅川、松川散策の写真メモから⑩~馬宿はどこ?③」で整理したが、その続きの風景だ。

 この道筋の右手は、今回の散策で「浅川、松川散策の写真メモから⑩~馬宿はどこ?」で、最初に推定した現在更地になっている2009年夏の風景という事でもある。


a0087378_96435.jpg 同じ場所を、中町の丁字路から眺めるとこんな感じだ。
 この道を挟んだ向かい側は現在更地になっている場所だ。今、この風景は消えて、新たな風景に生まれ変わろうとしている場所ということだ。

 この写真の手前側は、この丁字路の東側の角地ということになる。
 現在は、駐車場のようだが、「八丁目家主一覧」と見比べると、この角は「角屋与兵衛」とある。

 この位置情報と八丁目文化情報とを照らし合わせると、この角屋与兵衛氏が聾耳坊嵐字の名で和歌をよくし、盛林寺に「咲いてある朝顔をみてわかれけり(聾耳)」の句碑が建つ方らしいことが分かる。
 この八丁目俳壇で中心をなしたのは加藤紫明氏なそうだが、その方との交友もあり、京の遅月庵空阿氏とも親交があったそうだ。
 残念ながら、当方にはその素養がないので、どなたなのかとか作品の良し悪し等は分からないのだが、この地は天明から幕末にかけて俳句、狂歌、和歌、戯文、画家など八丁目連を中心とした豊かな八丁目文化が花開いていたらしいのだ。

 今回の散策の続きとしては、「八丁目家主一覧」にはその角屋の東側に用水と横町堤が描かれていることと、「浅川、松川散策の写真メモから⑩~馬宿はどこ?」で気になった用水路跡らしきものが続きの風景でないのかなという勝手な拘り。
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by shingen1948 | 2017-11-12 09:10 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)