地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 11月 06日 ( 1 )

 八丁目村から眼鏡橋を超えて天明根村、鼓岡村と続く真っ直ぐな街並みを進むと丁字路に突き当たる。奥州道はここを右折する。
 その辺りでの興味は、ここから突き当りの本陣跡とされるガソリンスタンドまでの間の左手にあったとされる馬宿だ。
 その具体的な位置ははっきりしない。

 その道筋の左側の建物の多くが現在取り壊されて更地になっている。多分、道路拡張工事のためなのだろうと想像する。
a0087378_15272122.jpg これは、その丁字路に一軒残された住宅の右側部分だが、気になっているのはその左手の更地だ。

 「家主一覧」の図を確認すると、その道筋の鼓岡村からの道筋と突き当たる西端から常念寺・中田屋金作の屋敷が描かれる。その次に御〇道用水が描かれる。その辺りが、鼓岡村からの道筋の右端辺りになるように描かれている。

 そこから、田村・柳屋・綱屋の三軒が建つブロックがあって、その次に用水が描かれる。
 その用水の次に鈴木忠三郎・赤浦屋忠左衛門宅が描かれるが、気になる馬宿は鈴木家でその屋号が赤浦屋とのことなので、ここがその馬宿なのだろうと思う。

 気になったのは、その馬宿の西側の用水跡が、写真の住宅の右側部分の道筋と重なっているような気がしたのだ。
 というのは、「家主一覧」の図では、その用水が裏側の用水に繋がっているように描かれるのだが、その雰囲気と似ているような気がするのだ。
 ならば、その隣の更地付近に馬宿跡が想像できないかということだが、どうだろうか。
 ただ、思っていたよりТ字路に近すぎるような気もするが、……。
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by shingen1948 | 2017-11-06 15:39 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)