地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2017年 10月 08日 ( 1 )

 今までの散策で宇都宮の信仰とのかかわりを感じたのは、今回の浅川村示現(慈現)太郎神社が初めてだ。しかし、柳田国男ワールドでは、この神の勢力は福島県の大部分を支配していたという見え方なようだ。
 この見え方での資料が「神を助けた話(柳田国男)」で、ここには宇都宮の信仰の福島県の大部分を支配していたことが述べられているということらしい。
 その目次を確認すると、その内容は次のようなことだが、今回はここまでにしておく。
 
 「猿丸太夫・会津の猿丸太夫・日光山の猿丸・宇都宮の小野氏・阿津賀志山・山立由来記・磐次磐三郎・卍字と錫杖・蛇と蜈蚣(むかで)・田原藤太・竜太と竜次・三井寺の釣鐘・蒲生氏の盛衰・猿丸と小野氏・朝日長者」

 散策を柳田国男ワールドとのかかわりで整理したことがあるのは、以下の「鎌倉権五郎影政伝説と片目清水」の話だ。
 〇 撮り溜めた写真から⑦~鎌倉権五郎影政と家臣の墓
 http://kazenoshin.exblog.jp/237092610/
 〇 撮り溜めた写真から⑦~鎌倉権五郎影政伝説と片目清水
 http://kazenoshin.exblog.jp/237094585/
 〇 撮り溜めた写真から⑧~鎌倉権五郎影政と片目清水②
 http://kazenoshin.exblog.jp/237099109/
 〇 撮り溜めた写真から⑨~鎌倉権五郎影政公のその後
 http://kazenoshin.exblog.jp/237096825/

 この時に主資料としたのは「日本の伝説(柳田國男)」の「片目の魚」だが、この話の中に、昨日整理途中でふれた「土湯の太子堂」も紹介されていたのだ。今思えば、この時にこの話にふれて整理しておけばよかったなと思う。

 その話は、戦に出て目を射られた勇士の話、その目の疵を洗った清水の話、山鳥の羽の箭をきらう話の後に、村の住民が神様のおつき合に片目になるという話の例として以下のように紹介される。
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「福島県の土湯は、吾妻山の麓にあるよい温泉で、弘法大師が杖を立てそうな所ですが、村には太子堂があって、若き太子様の木像を祀っております。昔この村の狩人が、鹿を追い掛けて沢の奥にはいって行くと、ふいに草むらの間から、負って行け負って行けという声がしましたので、たずねて見るとこのお像でありました。驚いてさっそく背に負うて帰って来ようとして、途中でささげの蔓にからまって倒れ、自分は怪我をせずに、太子様の目を胡麻稈(わら)で突いたということで、今見ても木像の片目から、血が流れたようなあとがあるそうです。そうしてこの村に生れた人は、誰でも少しばかり片目が細いという話がありましたが、この頃はどうなったか私はまだきいていません。(「信達一統誌」福島県信夫郡土湯村)」

 なお、「土湯の太子堂」については、「土湯の太子堂へ行ってみる」として整理しているが、この時点では、この視点は持ち合わせていなかった。
 〇 土湯の太子堂へ行ってみる
 http://kazenoshin.exblog.jp/6153775/
 〇 土湯の太子堂へ行ってみて②は
 http://kazenoshin.exblog.jp/6158585/
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by shingen1948 | 2017-10-08 09:01 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)