地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2017年 10月 04日 ( 1 )

 言い伝えが言う大岩を抜き切り黒沼と赤沼の水を大熊川に流れ落とすのは、実際の風景では「浅川」だろう。
 先の整理でふれたように、その「浅川」が阿武隈川に流れ落ちるあたりは「阿武隈峡」として福島県指定の名勝天然記念物に指定されているようだ。
a0087378_7424867.jpg これは、震災前の散策で「渡利地区の阿武隈川沿いの風景⑧」で、村上薬師堂からその「阿武隈峡」を覗き込んで撮った蓬莱岩あたりの風景だ。
 http://kazenoshin.exblog.jp/9160407/

 「浅川」が阿武隈川に流れ落ちる地点は、この上流の鮎滝観音と鮎滝の渡跡の間辺りだ。阿武隈峡散歩道を南から入ると、この「浅川」を渡る橋から示現(慈現)太郎神社は見えるとのことだ。

 慈現大明神の伝承では、神が鎮座していたのは滝下の大石にあいた1間四方の岩穴だとのことだ。その滝は高さ1丈余の滝とのことだ。
 そこは、晴天であれば五色の御光がさし、山間の谷間に繁る神杉は昼なお暗くごうごうたる滝の音は耳を聾して、行者参篭の霊場の名に恥じぬ境地になると伝えられているとのことだ。(金谷川のむかしと今)
 これらは、阿武隈峡が醸し出す雰囲気とのかかわりだろうと思うのだ。

 気になったのは、その神が天安2年(858)寅3月頃下野国二荒神社に飛んだということだが、今のところ、地元の散策資料ではそのあたりの事情を説明するものを確認できないということだ。
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by shingen1948 | 2017-10-04 09:41 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)