地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2017年 09月 30日 ( 1 )

 浅川にはこんな言い伝えがあるのだそうだ。

 「信夫湖の大蛇は日本武尊によって退治されたが、欽明天皇の時代に、この湖には水熊というものが住み籠って人民を悩ましていた。
 渟仲倉太珠敷命がこの事を聞いて、猿跳という処を切り開いて、湖の水を抜いて干潟にし、大熊川の川筋を攻め上った。そして、水の浅い所に寄せて大水熊を退治したので「浅川」と名付けた」
a0087378_520191.jpg 浅川黒沼神社の由来で、渟仲倉太珠敷命が退治したのは「大熊」で、狛熊も奉納されているようだ。
 伝承では「大水熊」とされるので、微妙な違いがあるようだ。
 しかし、渟仲倉太珠敷命が退治したという大熊も信夫湖に住むとのことなので、この伝承とかかわるのだろうと想像する。

 石姫命にかかわる部分については、パンフレットにある浅川黒沼神社由来では「石姫命は、息子の亡くなられたとの報を聞き、嘆きのあまり黒沼に身を投じられた」とされるだけだ。
 そこを、言い伝えの方は次のように続くようだ。

 「供奉の健・夜・依・米等四人はこれを悲しみ、黒沼・赤沼を巡見したところ、古浅川の慈現明神のお告げに、「彼の地の大岩を切り開けば、黒沼・赤沼の水は大熊川へ流れ込み、たちまち干潟になるであろう」とあったのでその通りにした。
 湖は干潟となり、姫の尊体が現れ、この地は広大肥沃な用地と仮し、ここに人を移して村を作った」

 ネットで紹介される浅川黒沼神社の由来は、この言い伝えも加えたということなのだろうと思う。
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by shingen1948 | 2017-09-30 05:22 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)