地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 07月 03日 ( 1 )

a0087378_923349.jpg この大型の長方形の板碑とその手前の板碑がセットで、父母の逆修碑とのことだ。

 ただ、案内板の解説だけでは母の供養塔でもあるとする部分が読み取れないでいた。
 「ふくしまの歴史(2中世)」の「医王寺の板碑」にそのヒントが記されているのに気がついた。
 ここに「このうち正和2年(1313)の2基には、真言宗系の仏をたたえ、その教えを述べた文が記されているほか、それぞれ「慈父蓮仏逆修」「悲母逆修」とあります」とあったのだ。

 「慈父蓮仏逆修」が大型の長方形の板碑の銘文に刻まれていることは案内板に紹介されていた。ということは、右手の石碑に「悲母逆修」を読み取ったということだろうと思う。
 「集古十種」の「陸奥国佐場野医王寺碑(併)同国信夫郡飯坂天王寺碑」で解析された銘文と照らし合わせると、右側の「右造立之□為□□逆修」の逆修の上の二つの未解読部分に悲母が入るという事なのだろうと思う。
 つまり、右側に刻まれるのが「右造立之□為悲母逆修」ということになるようだということだ。
 この確認のために、もう一度拓本とも照らし合わせてみると、之と為の間に文字はなさそうだ。ということで、右側に刻まれるのは「右造立之為悲母逆修」ということになるのかもしれない。

 ついでに、左側に刻まれる文字も確かめると、業の上の文字もなさそうだ。また、素人の勝手な見え方では、手書きにした部分は「辨」のようにも見えるが、こちらはよく分からない。
 もう一つ素人の勝手な見え方としては、大型の長方形の板碑とその隣の板碑が対をなして父母の逆修というのであれば、不明文字を「慈母」と読んでもよさそうに思うのだが、どうだろうか。

 もう一つ気になるのは、「真言宗系の仏をたたえ、その教えを述べた文」の部分。確かに大型の長方形の板碑は、「弘法大師作の偈頌(げしょう)」を天台宗と真言宗で用いられる回向文で挟んでいるのは確かめた。
 しかし、その右手の石碑に刻まれるのは「識・除・理・如」だけだ。
 これは、上部が欠けているとのことなので、四行の末尾がこの四文字になるということなのだと思う。恐らく「識」と「理」にかかわる仏教の教えにかかわる言葉なのではあろうと思うが、こちらだけで真言宗の言葉とは断定できないような気もするが、どうだろうか。
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by shingen1948 | 2017-07-03 09:05 | ★ 季節便り | Comments(0)