地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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2017年 06月 25日 ( 1 )

 今回は、この寺の歴史的な背景にかかわる意識をできるだけ取り除いて、この寺の雰囲気を感じてみたいという思いがある。
a0087378_5405044.jpg そういう視点で「薬師堂」の案内板の写真を眺めていたら、医王寺に歴史上かかわりのある方も深く信仰なされた霊験あらたかな薬師如来であるとの解説の後の次の解説が気になった。
 「声がたたねば鯖野の薬師 七日こもれば声がたつ等々と唱えられ」との部分だ。

 今のところ確認できていないが、そういう里歌があるということなのだろうか。
 それはともかく、この部分、地域の方々の民間信仰としての「鯖野(さばの)」の薬師様への期待感が感じられるような気がするのだが、どうだろうか。
 昔、地域の人々はその地域の薬師様にどんなパワーを期待していたのかを確認してみる。

 「МASAの道中日記」という地元紹介のブログに、この近くの大笹生・笹谷の薬師様が詳しく紹介されている。その記事から、その地域の人々の願いと薬師様のお力にかかわる部分を拾わせていただいてみる。 
 その部分は「笹谷大笹生地区の文化財(大笹生笹谷文化財保存会)」からの引用のようだ。
https://blogs.yahoo.co.jp/ssyinb27/MYBLOG/yblog.html?m=lc&sv=%CC%F4%BB%D5+&sk=0
 〇 仁井町薬師瑠璃光如来(笹谷)
 古くより耳病平癒の祈願の神として今なお地元民の信仰厚く、毎年四月十五日(以前は旧三月八日)祭事を行っている。

 〇 荒古屋薬師(大笹生)
 この荒古屋の薬師は瑠璃光薬師如来で、堂を字中谷地に建て野寺方から分置されたと伝えられているが年代は不詳である。
 この時代建立の「子育て地蔵」・「瑠璃光」を、「光瑠璃、ころり」と呼び、信者の奉納した丸石が小山のようになっている。縁日は、旧十一月八日である。

 〇 上戸内薬師如来(大笹生)
 この薬師は、土地の人々が耳の難病厄除のために建てたもので、上戸内薬師瑠璃光如来といわれ、近隣信者の外、耳疾に悩む遠来の信者の日参薬師堂になったという。

 〇 久地木薬師堂(大笹生)
 この薬師は瑠璃光如来で、もとは久地木・羽根通部落の尊仏であったが、現在は久地木部落有志によって維持されている。
 仏像は一つずつ十二支をもつ薬師の十二神将と習合し、男根の突起物が着いていて、昔から花嫁の通らぬ所となっていたという。

 〇 安養寺薬師(大笹生)
 平安時代の様式を残した木造の仏像17体がまつられているそうです。昔より安養寺薬師として厚い信仰があり、この仏像を借りて病気を治したとされています。

 自分なりに整理してみる。
 まず、久地木薬師堂(大笹生)と安養寺薬師(大笹生)については、「薬師の十二神将と習合」とか、「木造の仏像」とかとかかわってとかという捉えで、以下の「薬師如来 大願」にかかわる大きな捉えで見ているのかなと思わせる。
 第一願 光明普照・第二願 随意成弁・第三願 施無尽仏・第四願 安立大乗・第五願 具戒清浄・第六願 諸根具足・第七願 除病安楽・第八願 転女得仏・第九願 安立正見・第十願 苦悩解脱・第十願 苦悩解脱・第十一願 飲食安楽・第十二願 美衣満足

 次に、仁井町薬師瑠璃光如来(笹谷)・上戸内薬師如来(大笹生)については、この中の第七願 除病安楽の中の耳病平癒にまで特化した祈願の神としているように思われる。

 そして、「薬師の十二神将と習合」したという久地木薬師堂(大笹生)は、道祖神信仰とも習合しているようだが、荒古屋薬師(大笹生)については、「ころり」薬師様とのことで「ころり」信仰あたりとの習合かな?。
 
 純粋にこれが薬師様信仰とは言い切れないいろいろな要素が入り混じっているようだ。
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by shingen1948 | 2017-06-25 09:39 | ★ 季節便り | Comments(0)