地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

2017年 04月 13日 ( 1 )

a0087378_6202286.png 「松川のあゆみ」の「旧松川町字切図」を参考に、、現在の地区名をヒントに字界を推定し、当時の「古天神」付近の水路を想像してみたのがこの図だ。

 人々が搗鉱場と呼んだ自家精錬場が、この古天神地内に設備されていたということだ。
 水力を利用し、石臼に良質鉱を入れてスタンプで鉱石を搗(つ)き砕いたとのことで、水車利用を想像する。また、水銀アマルガムによる方法を用いての精錬ということでもあったとのことだ。
 いずれにしても、水路が重要な役割を担っているのだと思う。

 地図を確かめると、現況の水路は、もっと直線的に整備されているようだが、水路の道筋としてはそれ程の変更ではなさそうだ。ただ、航空写真などで確認すると、水車利用で鉱石を搗(つ)き砕くほどの勢いや水量を感じない。

 よそ道に逸れるが、「旧松川町字切図」では水原川が西光寺の南側を流れているのが分かる。寺の北側を流れる現在の川筋が改良されたもののようだ。
 「旧奥州街道:日本柳宿から八丁目宿まで」でふれた明治18年に架けられたというメガネ橋の位置に納得する。
 http://kazenoshin.exblog.jp/5865241/
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by shingen1948 | 2017-04-13 09:19 | 福島の鉱山 | Comments(0)