地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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再び笹谷城へ

 「ラジオ福島桜祭り」からあちこち足を延ばしたが、季節外れになりそうなものがあるので、そちらを先に整理しておく。

 先週は、笹谷城を求めて散歩をしたが、成果なし。その帰りに熊野神社を回ったら、八重桜が満開を少し過ぎた景色に出会ってほっとした。
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 更には、ここに一週間通って、アングルを定めていて、今朝、光が一瞬さした時にいいシャッターチャンスをものにできたと熱く語る方と出会えた。
 何日も前から、不要な物が写りこまないかを確かめ、アングルを確かめてシャッターを切って確認して補正する。花の咲き具合を確かめて、チャンスを待ちながら、試しにシャッターを切る。花が見事に咲いて、光の差しみかたと光の当たり具合を確かめて、太陽の高さから、撮影時間をイメージしてシャッターチャンスを待つ。
 この方がいい写真を撮ったかどうかは問題ではなく、その一瞬にかけているその思いと出会えたこと、そこからとらえたであろう一枚の写真に思いをはせる。


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 その人の目の前で失礼な気もするが、こちらはぱちぱちと写す。観音堂の後ろからのアングル。


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 神社全体が華吹雪に包まれ、その奥に観音堂と満開のしだれ桜だ。


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 何気なく信陵公民館の案内板を見たら、勘次郎館なるものが記載されていた。
 この館が何かは説明されていないが、場所的に笹谷城と重なると勝手に思った。
 笹谷城については、阿部薩摩の墓と出会った時に、「信夫の里の天地人」として整理する中で、幻のままであることにふれた。
 所在地が福島市笹谷字道本林であること、土塁・空堀が残るということが「山形・宮城・福島城郭」に記述されているという情報しかない。
 この時に、阿部薩摩の墓は確認しているので、道標とあるものを確かめることにする。


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 あちこち確かめてみるが、ここが一番それらしいと感じた。


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 ここの石は、左右に平らな部分があって、そこに道案内が刻まれていてもおかしくないと感じる。


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 この道標と阿部薩摩の墓の間に、その館はあるということらしい。
 このあたりの南側は、低地の果物畑になっている。

 丁度道標と阿倍薩摩の墓の中間あたりに細い道があった。そこに入ってみる。


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あちこちの敷地内には、屋敷神があって、……。


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 屋敷近くの畑には、石仏もあちこちにある。
 雰囲気的には何かがありそうな感じはするが、それらしい手がかりは見つからない。


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 北側から館あたりの果樹園をとるが、ここにも何もない。

 結局、今回も笹谷城については何の成果もなしということだ。
 成果は、熊野神社の花見ができたということ。
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Commented by 「大」@安達太良山麓 at 2009-04-23 15:04 x
笹谷にも砦があったのですネ。
知りませんでした ^^;
福島は山城が多いので、そちらばかりが目立ってしまっています。
Commented by shingen1948 at 2009-04-24 11:07
まだ、幻なんです。
確かに基礎となるデータにはあるようなんですが、確かめられません。
大概は近くに山とか川があったりするんですが、それもありません。
ただ、南側は谷のようになってはいます。

幻だから楽しいということではありますが……。

Commented by おやじガイドw at 2010-05-24 11:32 x
確かに幻ですね・・・。

この館跡の地を所有している者として少しは案内できるよう勉強を重ねていきますよ。

勘次郎館跡=笹谷城の空堀、土塁や原林遺跡の雪室跡を自分の目で見たことのある御老人は少なくなってきました。

現在、時間があるときお二人の先輩を取材していたりします。
石積みのスロープ跡、雪室跡はほぼ場所を特定できました。
また、空堀&土塁跡は、このあたり(誤差20m以下)と説明は可能となりました。

内緒の追加情報ですが、、。
30年ほど前まで河岸段丘の下から石積みのスロープがあったのです。(これは私自身も現物を見ております。)
市道道路拡張の際、そのほとんどは取り壊されましたが、一部残っております。
私が説明しなければ、ただのイシコロですが。

また、果樹園内のスプリンクラー設置工事の際、原林遺跡からあるものが出土したようです。
親父が隠しておりました。

再訪の折にはお見せできるかもです。
by shingen1948 | 2009-04-23 05:08 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(3)