地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

陽林寺に行ってみた

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この寺には何度か来ているが、ここは信徒が供養のために建立した各種の石塔に富んでいて、醸し出す独特の雰囲気を感じていた。


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伊達稙宗の墓があることは知っていた。西山城を訪ね、大森城を確かめ、そして、先日八丁目城を確認したのだが、彼が、その主要な時代を築いている。それで、ここに来てみたいと思ったのだ。
  稙宗は長男の晴宗との内乱に敗れて、丸森城に隠居していたが、その分骨がここにおさめられているという。


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  また、伊達実元の墓も、この寺にある。境内の奥まった所に彼の墓はある。
実元は、稙宗の三男で、妻は実兄である伊達晴宗の娘である。上杉定実の「実」の字をもらい実元と名乗ったりして、稙宗が考える上杉氏との養子縁組の準備をするが、これが内乱の元になる。
  内乱では、稙宗に従って信夫で奮戦したが、戦後は、兄晴宗に仕える。 晴宗が本拠地を米沢城に遷した後は、大森城主として信夫統治の中心となる。
 天正12年(1584年)八丁目城に隠居。天正15年(1587年)同城で没する。

案内板では、この寺の開基を、西山城主伊達稙宗としている。寺に伝わる証書等(福島市指定)によると、寺の創建に、稙宗が多くを寄進して関わったという。それは、稙宗がこの寺を開いた盛南禅師を尊敬していたからだとのことだ。
福島市指定史跡及び名勝
陽林寺

位作山陽林寺は、16世紀の初頭に盛南禅師によって開かれた曹洞宗の寺である。
寺の創建には、禅師に心から私淑した時の西山城主伊達稙宗の諸寄進が預かって大きく、従って開基とされており、その証状等の中世文書(福島市指定)は寺宝として今に伝存している。
本堂などの伽藍は、多くが文化2年(1805)前後の建立で、その後の修理は加えられながらも旧型をよく保っており、特に内部荘厳の絵画や彫刻それに奉納額などは、福島の文化史の一面を伝えていて貴重である。
広い境内には、盛南禅師の座禅石が現存し、開基伊達稙宗や大森城主伊達実元、また、大森代官山中太郎右衛門の墓碑などがあって史跡に富んでおり檀信徒が供養のために建立した石仏をはじめ、民間信仰の各種の石塔なども寄せられている。
寺を囲み包んだ位作山の緑を背景に、春のサクラ、秋の紅葉、野鳥の声を賞でながら歴史を思い散策するのに最適の場となっている。
平成元年8月8日
福島市教育委員会

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by shingen1948 | 2008-06-09 05:43 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)