地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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戦国の山城 八丁目城③

 昨日まとめたところは、南側の平場だ。
 祠が沢山無造作に置かれていたところが、案内図の南端の平場であり、次の鳥居があった広い広場が、案内図の一段高くなった平場である。そして、壊れた神社の建物があった広場が、案内図の、手前の丸い平場である。
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そこから、奥に行くのは、難しそうなので、北側の低地に一度降りる。これもなかなか大変なのだが、どうにか降りることができた。


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 そこも平場になっている。ここの草むらを西に向かう。


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 その草むらを進んでいくと、愛宕様に向かう石段に突き当たる。   


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 これが愛宕様で、外見は立派な神社なのだが、中を見てみると朽ちている。


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 そこから、更に一段高まったところがあって、そこを登る道がある。


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 そこを登ると、館があったという広場に出る。
でかいまむし草が生えているのが印象的だ。


 北側の平場は畑になっているようだ。
 愛宕様から自然に降りられる道を辿ってみる。畑の脇道を東に向かって降りていくようになる。そして、たどり着いたのが、幼稚園の脇だった。
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 ここに立ってみると、南の平場に行く道と中央を進んで愛宕様から館跡に行く方向が見定めることができる。
 いわゆるここが大手門といったところだろうと勝手に思う。全体が見えないうちは苦労したのだが、全体がみえると、それほど苦労して探索するような山ではないことが分かる。
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by shingen1948 | 2008-06-05 19:08 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)