地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

八丁目城① 八丁目宿の諏訪神社

  西山城の散策について、先に整理したところだが、16世紀にその支城として、西山城を整備してその城主となっていた伊達稙宗(陸奥守護)が、その支城として八丁目城を築いている。
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八丁目宿近くは何度か来ているので、常円寺の裏山あたりに、八丁目城があることは漠然と分かっていたが、散策しにくかった。
駅がここから遠く離れたのは、宿場の車夫の仕事と共存するためという歴史があるからではあるのだが、少し不便だ。車で出かけると、散策以外に目的のない車をとめる場所が見つけにくいということもある。
自分の散策の仕方として、電車などの交通機関である地点まで来て、そこから目的とする周辺を探り全体の雰囲気をつかんで散策するというやり方だからだ。

今回は諏訪神社に立ち寄れた。
ここから全体の雰囲気をつかんで、八丁目城をどう散策するかが見通せた。
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  諏訪神社の鳥居の右脇に道があり、その道を進むと墓地になっていて、その奥に行くのは難しそうだった。


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とりあえず戻って、石段を登って鳥居をくぐる。


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そこに、諏訪山のさくらの案内板があって、ここに植えられている桜の説明をしている。それによると、伊達政宗公に縁のある桜とのことだ。
天正年間(1573~1587)伊達政宗公が江戸より桜の苗木を大量に買い求め、各地の宿駅を経由して仙台まで運搬した。途中、この八丁目宿問屋場に休憩した際、お願いして苗木3本を頂いて、植えた一本であるとのことだ。
ほかの一本は、竹之内の狐水稲荷の桜と伝えられているとのことだ。
樹齢約は400年で、樹高10.0m、胸高周囲4.5mあって、昭和58年福島県緑の文化財として登録されたという。


 いわれは分からないが、岩を奉る姿勢が伺える。ご神体なのだろうか。
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  神社の南側に常光院が見える。この山際に神社仏閣が並んでいて、北から、常円寺、ここ諏訪神社、常光院が並ぶ。


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 そして、盛林寺と続き、西に回りこんで常念寺と寺が山の縁にそって並んでいる。

  八丁目宿は、この城の城下町であったのが、江戸時代、奥州街道で屈指の宿場町として発展したものらしい。このことと、街道沿いにある神社仏閣と山の縁のそれとを結びつけて想像すると、それらの歴史的な背景は別にしても、宿場の道筋が感覚的に納得できる。

二本松方面からきた奥州街道は、この城の前で右折し、現在ガソリンスタンドになっている本陣で、左折して北に向かい、更に、常円寺前で右折するという道筋になっている。
 これは、城であるこの山を回りこんで裏道に神社仏閣が並び、その前に八丁目宿が発展するというイメージだ。
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by shingen1948 | 2008-06-01 07:46 | ◎ 会津への路(伊達政宗) | Comments(0)