地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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会津の「わたつみのこえ」を聞く24

 会津の人々が、会津の「わたつみのこえ」をどう聞いたかということで、御両親、親友、恩師について確認してきたが、それらは相互に影響し合っていることが分かる。
 その間に発行される週刊誌、新聞の記事、それに信氏の母校明治の百年史の発刊なども影響し合っている。
 その「明治学院百年史」が発刊については「会津の『わたつみのこえ』を聞く⑥」から「会津の『わたつみのこえ』を聞く⑨」に整理しているが、これが昭和52年(1977)だ。
 「明治学院大学の戦争責任への取り組みと平和教育をめぐって」によれば、これには「朝日新聞」夕刊が肯定的に反応しているとのこだ。

 その後の会津の人々が会津の「わたつみのこえ」をどう聞いたかということで確認できるのが、信氏の菩提寺だ。
 「朝日新聞」のザコラム「悲劇の石碑涙の祈りを忘れない(駒野毅2016/7/7)」に、平成14年に、長谷川家の菩提寺である西蓮寺住職が「兵戈無用」の石碑を建てたことがふれられている。
 「Web東京荏原都市物語資料館」で、その石碑の概要が確認できる。
 その石碑の礎石に「学徒出陣された長谷川信氏(西蓮寺門徒)のこえ」とあって、「きけわだつみのこえ(日本戦没学生の手記から 東京大学出版会発行)」に収められている日記の一節が記される。
 [昭和19年4月20日]
  明日から食堂にいって
 食卓に坐る時、お念佛しようと思ふ。あのいや
 な目付きを自分もしてゐると思ったらゾーッとする。
 眼を閉って、お念佛をしよう
 と思う。
 [昭和20年1月18日]
  人間の獣性といふか、
 そんなものの深く深く
 人間性の中に根を張っ
 てゐることを沁々と思ふ。
 (人間は、人間がこの世を創った時以来、少しも進歩していないのだ)
  今次の戦争には最早
 正義云々の問題はなく
 ただただ民族間の憎悪の
 爆発あるのみだ。
 敵対し合う民族は
 各々その滅亡まで戦を
 止めることはないであろう。
 恐ろしき哉、浅ましき哉
 人類よ、猿の親類よ。
      ―抜粋―
 氏は昭和20年4月、特攻隊員として沖縄沖にて戦死、享年23歳
 21世紀第1年12月西蓮寺20世利(?)之

 「Web東京荏原都市物語資料館」では、それとなく18日とされる手記は、20日の手記の最末尾の部分であり、()部分が中略されていることを思わせる紹介になっている。
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by shingen1948 | 2017-05-15 09:56 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)