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地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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熊阪台州氏(その2)48~高子山の「高子二十境」⑨

 高子山にかかわる「高子二十境」の整理をしていく中で少し言葉に敏感になったのだろうか。「白雲」という言葉のイメージが気になった。

 白雲は、辞書的には白い雲でしかないが、門外漢の散策人はその言葉の持つイメージがつかめていない。それで、「白雲」という言葉に「漢文」とか「漢詩」とかという言葉を付加して検索してみた。
 その確認を通して、「白雲」は古来より使われた詩語のようであることが分かった。そのイメージは、「隠逸の世界」というような感じのようなのだ。

 「李白詩」における「白雲」では、しばしば仙郷のイメージとしてつかわれ、隠者の散居の象徴とされるという解説をみる。
 また、「送別(王維)」の「白雲無尽時」とある「白雲」の解釈でも、俗世間を離れたイメージととらえ、「どこにいても君の上には、白雲が絶えることが無いだろう」すなわち「きっと、満足な隠逸の生活をおくれるだろう。」という意味にとるという解説もみる。

 今回の整理とどうかかわるのかということだが、その一つが「白雲館」のイメージで、もう一つが「白雲洞」のイメージとそのかかわりだ。
 その「白雲館」のイメージは「熊阪台州氏(その2)⑮~白雲館・明月楼・海左園」で以下のように整理している。
 https://kazenoshin.exblog.jp/238326334/
 
 熊阪氏の屋敷図が建つ地を「白雲館」とイメージし、その屋敷自体を「明日楼」とイメージしているということだ。
 ここに郡内の俊英たちが覇陵や台州を慕って集るようになった文化サロンをも「白雲館」と称するようだが、それは派生的なイメージだ。

 前置きが長くなったが、新たに気になったのが「高子二十境」の「白雲洞」だ。それで、そちらも付け加えて整理しておきたくなったということだ。

 実際の「白雲洞」の散策は、先に「高子20境と史跡」で整理している。
 https://kazenoshin.exblog.jp/9403859

 それで、新たに確認したいのは、漢詩と挿絵だ。
熊阪台州氏(その2)48~高子山の「高子二十境」⑨_a0087378_5503756.png この挿絵は「伊達の散歩道(伊達市商工観光課)」の「高子二十境めぐり」という散歩資料で確認できた。

 漢詩は、今回の散策で参考にさせていただいている「伊達の香り」の「二十境の漢詩鑑賞」で、次のような熊阪盤谷氏の白雲洞の五言絶句釈文とその解釈が紹介されていた。

  白雲洞  熊阪盤谷
 独歩す幽洞辺     独り幽玄な岩屋の辺を歩く
 山中秋色の夕     山中 秋色が見え隠れする夕方
 丹楓遊子に媚び    紅葉した楓は 遊覧する人に媚び
 白雲過客を留む    山上にたなびく白雲は
            過ぎ行く人の足を留めさせる

 確認した「白雲」の言葉のイメージと重なるのかという意味で、覇陵氏や台州氏の詩も確認したいところだが、今のところ見つからない。
by shingen1948 | 2018-05-21 10:46 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)